午前0時過ぎ
また一日がリセットされたばかりの深夜、九条はただひたすら金神を眺めていた。ただ金神の一点に視線を向けている。金神はというと、新聞に興味津々だった。 この場に女性陣はいない。雪女は家の外に降る雪と一緒にいて、高蔵寺は自室に籠ってしまっている。
九条が金神をただひたすら眺めるのは、食欲――いや、吸血衝動を抑えるためであった。異性の血のみを生きる糧とする吸血鬼。九条のばあい、吸血鬼になったばかりで上手くこの衝動を抑えられないのだ。しかも、この家にいれば標的は高蔵寺に向く。妖怪の血を吸いはしない。こうして同性である金神を眺めて、せめて衝動を押さえられないかと工夫しているのだ。 ちなみに、金神は食事にありつけない九条を不幸に思って楽しんでいる。
「ぜんぜん抑えられない」
「俺には落ち着いているように見えるが?」
「そんなわけあるか」
九条のポーカーフェイスは下手くそだ。言葉はスラスラ出てくるが、その表情、姿は見るに耐えない。 風呂に入ったばかりではないのに汗で全身はぐしょぐしょ。眉間にシワが寄り、声は絞り出すように、そして机の上で握った拳はガタガタと震えていた。真っ赤な目を細くして、クイ縛る人間とはかけ離れた鋭利な歯。吸血鬼そのものの姿を、金神は嘲り笑う。
「哀れよな」
と言うが金神はとても、とっても楽しそうだ。九条の苦悩をこうして楽しんで止まないのだから性根が腐っている神だ。
「お前はまだ鬼というものに慣れていない。なれないうちは無理をしないことだな」
「血を吸ってこいというのか」
「どうせ明日になればみんな生き返る」
「辻は、成仏した」
「ああ。したな」
「リセットされるんじゃないのか?」
「ふむ。ここまで衝動を耐えた褒美に教えてやらんこともないか。正当な方法を取れば消えることもできる」
「正当な方法……?」
「そうよ。そうでなければ、赤神ちゃんが今死のうとしてることって無意味になるじゃない。幽霊の辻ちゃんの場合は正当な方法で成仏したのね。なら赤神ちゃんも正当な方法で死ねるわ」
雪女がどうどうと金神の言葉を奪って説明してくれる。もう外からかえってきたようで、九条は驚いた。それと同時に雪女の真っ白な肌が美味しそうに見えてしまってグッと堪える。危ない危ない。
「おお、妖怪だ。九条、襲われないように気を付けろよ?」
「襲わないわよ。失礼ね金神」
「どうだかな?」
「なによ。貴方こそ、ここにどんな不幸を呼び込んでくれるかわかったものじゃないわ」
雪女は腹を立てている。まだ二人は出会って数時間だというのにこの徹底的な仲の悪さはいかがなものか。
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