言葉の鎖
 

「は? 抑えられるならあの犬も持って帰れよ!」というダンの抗議を総無視して九条と高蔵寺は雪女を言いくるめて三人でダンの家を出た。高蔵寺の家につくと、ソファに座ったまま寝ていた金神が目を覚ました。



「一人成仏したと思いきや、今度は妖怪を拾ってきたか。物好きな」

「貴方も拾われた身ですわよ」

「くくくっ。それもそうだ」



金神は雪女の姿を捉えるとすぐに正体を見破り、じろじろと品定めをみるかのように見る。雪女なむっと口を尖らせた。



「女性の身体をそうやって見るものではないわ」

「はあ? 女? まさかお前が? お前はただの妖怪だろう?」

「……聞き捨てならないわね」



金神は雪女を女性と思う以前にただの妖怪としか思っていなかった。雪女は自分の美しさを利用して人間を殺してきた妖怪。雪女にとって、女性と思われないことは癪で仕方がなかった。
金神と雪女のにらみ合いが始まった。高蔵寺はそんな彼らの事情など関係ないと言わんばかりに「晩御飯を食べる方はいらっしゃいますの?」と聞いていた。



「私は食べないわ。代わりに氷を用意してくれると助かるわね。水でも大丈夫よ」

「俺は遠慮しておく。美味い不幸で腹がいっぱいだ」

「味がしないから俺もいらない」



全員が断ると高蔵寺は「あらら」と言った。「私も食事をする気分ではなかったのでちょうどいいですわ」と言いながら水を取りに行ったので九条は高蔵寺の手伝いをするために後に付いていった。背後では金神と雪女が口論している。あれが犬猿の仲というやつか、と九条は面倒くさそうに息を吐いた。



「九条、どうかいたしました?」

「……いや」



高蔵寺は背後に九条がいたことに驚いて目を丸くした。面倒だといってあまり、進んで手伝いをしないのに、どうしたというのだろう、と不思議そうに首を傾げる。九条は眼鏡を持ち上げて位置を直し、少し視線を高蔵寺からずらしながら重たい口を動かす。



「……俺、いままで……。……。……いや、なんでもない。高蔵寺だけだと桶、重いだろ」

「言霊でなんとかなりますわ」

「俺が持ってく」

「……どうしましたの? 様子がおかしいですわ」

「悪い……」



水を桶に入れながら、高蔵寺は「熱でもありますの?」と心配した。九条は首を振る。その赤色に染まってしまった眼は、申し訳なさそうに下を向くばかりだった。もともと口数の少ない九条は、このときはそれ以上の言葉は口にしなかった。