言葉の鎖
 

ロルフの様子が変化し始めた。部屋の隅、一番暗い場所で縮こまった。その様子を九条はだまって見届けつつ、唾を飲んだ。
夜が来る。ロルフの丸まった背中が伝えていた。夜になれば赤神の姿はさらにとらえにくくなってしまう。赤神が自殺したいと本気で考えているなら一刻をあらそう。

高橋は焦り、親指の爪を噛みながらどうしたらダンの知っていることを聞き出せるか悩んでいた。そんな高橋の背中を九条が摩って落ち着かせようと試みている。九条は高橋を気にかけていたが、それ以上に高蔵寺やロルフを心配していた。ロルフが理性を失った人狼にならぬよう願う。また、高蔵寺の様子は明らかにおかしかった。焦っている高橋とちがい、喉からでそうな声を抑えているように、両手を喉にあてがっていた。



「ああ……」



雪女は何か納得したような声を発した。
その目は高蔵寺を見ている。



「知っていることさえ言ってしまえばいいのよ」



優しい声音で雪女は高蔵寺に近より、氷のように冷たい手で頭を撫でた。九条にはその様子がなんなのかさっぱりわからない。高橋も爪を噛むのをやめて高蔵寺たちを不思議そうに眺める。



「私……」



高蔵寺の絞り出した声。
高蔵寺は一体なにを知っているのかと九条は心当たりになりそうなものを記憶から探る。しかし答えは出ず、高蔵寺が何を隠そうとして言葉に出来ずにいるのか分からなかった。



「ダンが納得できるものでいいのよ」

「ええ……」



高蔵寺は頷く。



「実は私、退魔師なんですの」

「……たいまし?」

「なんですか、それ?」



高蔵寺が何を言うのかと肝を冷やしていた九条と高橋は、ある意味、予想外の言葉に首を傾げずにはいられなかった。黙って状況を眺めていたダンも、ジト目になっている。



「退魔師とは、妖怪が関する問題を解決する職業を言いますわ。……退魔師と呼ぶ以外にも陰陽師と言ったりすることもあって、実際に呼び方はバラバラですの」

「高蔵寺、なにを言ってるのかさっぱりわからないです」

「黙ってなさい高橋。私のはなしはまだ終わってませんわ」

「……はい」

「妖怪が関する問題を解決する者の呼称には限りはありませんが、近年は『退魔師』と複数の部類を大きくそう呼ぶ方が多いですわ。高橋の吸血鬼を狩る仕事も、私からすれば『退魔師』に含まれます。ちなみに、さしてこと話は重要ではありません」



喋っているうちに高蔵寺はいつもの調子を取り戻していく。
九条は少し、納得した。高蔵寺がオカルトに詳しかったのは退魔師だったからだ。以前の九条だったら退魔師なんて信じなかったのに、吸血鬼になった今ではそれをすんなり受け入れる。



「じゃあお前は雪女を含めてそこにいる吸血鬼とか、半吸血鬼、人狼を殺すのが仕事ってことか?」

「違いますわ。いいえ、場合によってはそれらの存在の命をいただくことにもなりますが、問題を解決できればそれで十分ですのよ。問題を起こしていない九条たちをどうこうするつもりはありませんの」



ダン以外から質問がないと分かると、高蔵寺は「さて」と重要ではない退魔師の話から本題へ移った。