言葉の鎖
 
ダンの家に堂々と侵入を果たした九条ら一行がまず視界に入れたのは、見知らぬ美女がいたことだ。そして真冬なのに暖房もつけない寒い部屋に、さらに冷やすように置かれた大きな氷。ロルフの後ろからダンは「そいつ連れて帰ってもいいぞ」と声を掛けた。



「……誰、ですの……?」



高蔵寺の驚いたような呆れたような喜ぶような困惑した声。ダンのかなり、呆れた声は続行された。



「日本の妖怪とかいうやつらしい。俺はよく知らんが、雪女、とかなんとか」

「雪女!? 雪女って大物ですのよ!? なぜこんなところに……」



雪女は高蔵寺の叫び声に、やっと九条たちがいることに気づいたようで、はたと顔を上げた。
雪のような真っ白な肌は儚さを思わせ、対照的で艶やかな黒髪は惜しげもなく背中に流される。影のさす長い睫毛が震え、潤った瞳がゆっくり此方を向いた。そしてその赤い唇から落ち着いた声が発せられた。



「お客様?」



そっと首を傾げて見せる。恋愛沙汰に無頓着で自分には関係ないと思っていた九条も、つい、体温が上がるのを意識した。吸血鬼で、すでに心臓が止まっているのにどうやって体温を上げられたのか、その仕組みは全く分からなかったが。
雪女という美女が目の前にいるにも関わらずロルフのみが興味を失っていた。同性の高蔵寺も、高橋も息を飲むほど彼女は美しかった。



「違う」

「あら、残念」



くすり、と雪女は微笑んだ。
この部屋が非常に寒いことを忘れさせる。上品な微笑み。



「赤神はどこですか」



高橋の単刀直入な切り込み。雪女のことでつい忘れてしまっていたが、目的を見失ってはいけない。



「さあな」



ダンの答えはそれだけだった。雪女も、自分は知らないと目を伏せる。そのあいだにロルフは開けっ放しだったダンの家のカーテンをすべて閉めに、勝手に出歩いていたが誰もそれを気にする様子はなかった。



「それよりも九条。次にここに来るときはこのイカれた時間をどうにかする手がかりを持ってこい、みたいなことを俺は言ったはずだが……、そっちはどうなんだ?」

「それは何も掴めていない」

「だろうな。だったら俺はお前らに答える義理なんてない。俺ばかりに答えを求めるな」

「その言い方、どうやら赤神の行方を知っていますね?」

「どうだろうな?」



ダンの嘲笑が様になっていて、余計に高橋を急かした。赤神が死ねば高橋の本来の目的はまず達成することになる。しかし吸血鬼としてではなく、赤神として、彼女に死んでもらっては後味が悪い。高橋がそんな矛盾を抱えていることなど興味のないダンはソファに座って、足を組んだ。