言葉の鎖
 

「お前にくれてやる血はない。帰れ」



流暢な日本語でダンは赤神を見下す。しかしそれ以上に鋭い瞳をもって赤神はダンを睨み付けた。そして「中に入れろ」と一言。荒々しい口調にダンは苛立ちを露にする。



「それが人に物を頼む態度かよ」

「中に入れてくださいお願いします」



棒読みの言葉にダンは溜め息。しかしそれは諦めて赤神を家の中に入れようとするものではなく、ただ赤神の態度に呆れているそれだった。



「あんた、あたしに隠し事してるでしょ」

「それはお前だろ。突然俺の家に来て中に入れろ、なんて何かあったとしか思えない」

「家の中に何がいるわけ? 金神の次は何」



ダンは赤神を外に残してドアを閉めた。鍵も一応閉めたが、数秒後に吸血鬼によって破壊されてしまった。ダンは苛立つ。しかしダンとは違い、赤神は焦っていた。ドアは破壊したものの、次に現れた赤神は睨んでいるのではなく、歯軋りをしていた。なにが悔しくて歯軋りをしているのかダンには分からない。



「……私を殺してください」



頭を深く下げる。
赤神が何に対してお願いすることを渋っていたのか、やっとここでわかった。ダンに対してではない。餌である人間に対して、だ。人間が虫に魚に「殺してください」と頭を深く下げることがないように、吸血鬼が人間に対して頭を深く下げるなど考えられない事だったのだ。

ダンは頭を下げる赤神から視線を外し、壊れたドアを見た。



「あら。いいじゃない。叶えてあげたらいかがかしら、錬金術師さん?」



ダンの家の奥から美人な女性が現れた。白にまとめられた着物には銀の刺繍が施されており、その美しい着物と艶やかな長い黒髪は見るものの目を惹く。雪を連想する白い肌と儚さが相俟って美しいことこの上ない。



「誰あれ。人間じゃないでしょ。美味しそうな血の匂いがしない」

「貴女と同じような存在よ。ただ、今の時代では私を見ることが出来る人間様は少なくなってしまったけれど」

「……妖怪?」

「ええ、御名答」



にこり、と上品に笑う。赤神は小さく「うわ眩し」と呟いた。彼女の登場にダンは頭が痛くなり、つい手で頭をおさえた。赤神のほうから美女の方を向いてダンは抗議を始める。



「隠れてろって言っただろ」

「そうね。でもお客様をいつまでも招かないから不安に思って」

「余計なお世話だ。しかもこいつは招かざる客」

「さあ、どうかしら。暇だって隣に住んでる方に愚痴を溢してたじゃない。ちょうどいいわ」

「暇と吸血鬼は別だ」

「私は入れてくれたのにあの子は入れてあげないなんて卑怯じゃない?」

「お前は窓から勝手に入ったんだろうが」



ダンは大きくため息をつき、とりあえず赤神を家にあげることにした。メモ帳を破ってドアを直したあとリビングへ赤神を連れていく。美女は満足そうにしていた。