言葉の鎖
 

「ロルフは赤神のことがわかるんですか?」

「少なくとも……死にたいっていう気持ちはわかる。俺もそう、だった。から」

「……どういう意味ですか」



ロルフはスリスリと二匹の狼と触れ合いながら相変わらずクマが濃い眠そうな視線を高橋に向ける。そして九条にも向けた。九条はロルフが自分を見た意味がわからず眉間にシワを作ったが面倒なので聞くことはしなかった。



「高橋は……先天性の半吸血鬼。でも、俺や赤神は、後天性の……バケモノ。九条もそう。九条は、この話を心に留めておいて……ほしい」



相変わらずロルフは眠そうなのにどこかの悲しそうだった。高蔵寺が心配するなか、ロルフはどう話そうか悩んだ。もしくは、単にいつも通り日本語が分からないだけなのかもしれない。ロルフは言葉に悩み、どきどきドイツ語で頭を傾け、やがて重たい口を開いた。



「俺の話になる」



ハッキリと口にした。普段から低いロルフの声は更にいっそう低くなった。ピシリと空気が冷たくなる。金神以外はロルフの人間らしい瞳に自然と嫌な予感はしていた。



「俺は……ドイツの田舎で生まれた。そこで、ある日、俺は人狼に噛まれて、人狼になった。もともと人間で……数年前に人狼になった、ばかり」



ロルフは狼と触れ合うのを止めない。いとおしげに二匹を撫で、二匹は気持ち良さそうに目を閉じる。



「人狼は、満月の夜に理性を無くして……人を喰らう。家族や友人も、わからなくなって……。俺、気がついたら血だらけだったんだ。気がついたら朝で……気がついたら静かで……気がついたら真っ赤で……気がついたら皆が倒れてて……気がついたらみんな死んでて」

「……」

「妹はまだ八歳だった……。兄貴はこの前結婚が決まったばかりだった……。両親は夫婦旅行が、後日に、控えてた。……友達は今度遊びに行く約束をしていた。……野菜をくれた、近所のお婆さんも殺してた。……町は、一晩で音を無くしてた。……俺の手は真っ赤に染まっていて、口は鉄の味がして、腹は満腹で、食欲が満たされた幸せと、皆を殺した絶望がいりまじって……。でも、最後に残った感情は美味しかったな、ってことで。……それが……悔しくて、悲しくて……」



九条は胸が苦しくなった。
振り絞るロルフの声が胸を貫いた。高蔵寺がロルフの背中を撫でながら「……もう言わなくてもいいですわ」と歯を食い縛る。

想像することすら、九条は恐れた。
たとえば、唯一の肉親である姉を空腹のあまり本能に従って殺してしまったら、などという想像をするだけで胸が苦しくなる。全てを失い、何もかもが無くなったロルフの感情はわかるはずがなかった。