言葉の鎖
 
九条、高蔵寺、辻が家から出ていったあとのことだ。昼食を片付けた高橋は赤紙に絡まれて嫌そうにしていた。
高蔵寺の家にいるのは高橋と赤神とロルフと金神のみ。金神はソファの上でダラダラしているだけで、ロルフは庭で二匹の狼と戯れている。
高蔵寺の代わりに家事を頼まれた高橋は、赤神など無視をして黙々と仕事を果たしていた。



「高橋さーん、好きでーす」



赤神は先ほどからそんなことばかり言う。高橋は吸血鬼など倒すべき存在であることにかわりない。赤神の呑気な様子を不可解に思いながらも、その言葉に返事をしなかった。ただ静かに部屋の掃除をしていたが、それも終わりが近くなった頃、赤神は高橋が無視できない言葉を口にした。



「私を殺してください」



ただ相手にされたかったから言った言葉だったのだろうか。それにしては酷く重みがある言葉だった。つい、高橋は手を止めかけたが、いままで散々殺しあったのに今更言うべきセリフではないと、どうせ冗談だと相手にしなかった。しかし赤神はもう一度言う。



「高橋さん、私を殺してください」



返事を求めていた。高橋は赤神の顔を改めて見た。彼女の顔は真剣そのもので、その真っ赤な瞳には強い理性が宿っている。それは「はい」という答えしか求めていない眼だった。



「っ……」

「高橋さんの持ってた聖水ってさ、どこにあるの? 高橋さん部屋?」



本気、だ。
高橋は生まれて初めて自殺志願の吸血鬼を目の当たりにした。その圧倒に気圧されて、赤神に対して何を言えば良いのかわからない。ただ、頭のなかは混乱していた。半吸血鬼として生まれた高橋はその瞬間から教会の犬だ。好きなように濃き使われ、死んで半吸血鬼が吸血鬼となったら今度は元仲間に狩られる。そういった人生を受け入れて今まで人間を餌として喰い続ける吸血鬼を何人も葬った。皆、生きるために戦っていた。しかし赤神は違う。生きることを辞めていた。

玄関からロルフとその二匹の狼が吠えていた。高橋は顔を真っ青にしながら玄関に向かおうとしたが、赤神が吸血鬼特有の怪力で高橋を留める。



「あたしが行きますよ! どうせ、どろんこになったんでしょう。タオル持って行きますから!」

「……っ赤神」

「さっきのは冗談です。忘れてください!」



赤神はにかっと歯をみせて笑うと、タオルを取りに行った。
取り残された高橋が不安げな表情を浮かべていると、金神の笑い声がする。そちらを睨むと、金神は嘲笑した笑みを浮かべた。



「ククククク。他人の不幸とは、いつになっても良いものだ」

「悪趣味ですよ」

「疫病神の一種だからなあ……。まあ許せ。しかし、まあ……。俺がお前たち人間に認知されてから不幸の連続だな」



舌が唇を舐め、金神は嘲笑していた。金神は金神らしく悪に染まった笑みを浮かべる。
そこへ、高橋の耳に赤神とロルフの驚いている声が飛び込んできた。



「雪が降ってる……。ありえない!」

「赤神……いくら太陽の光が弱くても……外に出るのは……」

「繰り返されている世界で天気が変わるなんて!!」