辻伊吹の成仏
 

高蔵寺がやってきたのは九条と辻が屋上に到着してからすぐだった。うるさい堂前と八角をよく振り払えたものだと九条は思う。



「九条、なぜ屋上で待ってましたの!? 中で待っていればいいではありませんか!」



屋上に到着してから開口一番に高蔵寺は怒鳴った。それに対して言い訳を適当に並べつつ九条は不思議に思う。高蔵寺が来てから日射しが楽になったのだ。先程までの焼かれるような熱が嘘のように無くなっている。高蔵寺からマイナスイオンでも発生されているのかと思ったが、それはないと自分で首を振った。



「もしも九条が死んでしまったら……」

「赤神が言うように、まだ俺には人間の血が少しだけ残ってるんだからそんな心配はいらない。……けど、これからは気を付ける」

「ぜひそうして貰いたいですわ」



高蔵寺の拭えない不安を帯びた視線を感じつつ九条は辻の無い足を見る。膝が僅かに見える程度まで透き通ってしまったそれを眺めた。出会ったばかりの頃も足はみえなかったが、膝ははっきり見えていた。幽霊として力が弱くなっていっている証拠なのか、成仏ができる方向に傾いているのか……。



「ところで高蔵寺。辻の成仏条件がわかった。辻は友達が欲しいんだ。もう俺は友達だと思ってたんだが片思いだったらしい」

「……え?」

「九条は的確につっこみますわね。たしかに、いじめられていたのなら友人に憧れるのかもしれませんわ。それなら辻本人が気づけずに幽霊として徘徊しつづけた理由も分かりますわね。誰も辻が見えなかったんですもの。友人を作るなんて難しいですわよ」

「これからは時間をかけて辻と親睦を深められれば辻は成仏するはずだ」

「ええ……。そうですわね」



まあ、そんなわけだから。これからもよろしく。
そう九条が口を開いたが途中で口が開いたまま言葉が途絶えてしまった。話し掛けるためにみた辻が、目から涙を溢していたのだ。どこに辻が泣く要素があったんだと首をかしげる。



「気づけなかった。友達って一緒に笑って、喧嘩して、仲直りして……。そんなことをするのが友達だと思ってたけど、それだけじゃないんだ」

「つ、辻?」

「こうやって、私の悩みに親身になって頭を悩ませてくれるのも友達なんだね……」



ボロボロと涙が辻の涙腺から溢れる。涙はコンクリートの床に落ちる前に消えてしまい、染みなど残らなかったが、辻はたしかに涙を流していた。
顔を覆う手はすでに透けていて涙を拭うことも、ぐちゃぐちゃになる顔を隠すこともできない。
それでも高蔵寺は辻の涙を拭おうと一生懸命に手を伸ばす。



「友達って……素敵だね。死んでからこんな綺麗なものに出会えたなんて、私の人生も悪いことばかりじゃ……なかったの、かな」