辻伊吹の成仏
 
「なんか、高蔵寺がいるから聞きにくかったことがあるんだけど、聞いてもいいか?」

「な、なに?」



高蔵寺が堂前と古山に絡まれている間に九条は辻に聞きたいことがあった。辻はいつになく真剣な九条に身構えをした。



「お前、友達が欲しいんじゃないか?」



九条の単刀直入な言葉に辻は久し振りに心臓がドキリと動くような感覚がよみがえった。九条はどうしてその結果が出たのか経緯を言うことすら面倒な様で、それ以上は口を開かなかった。辻は自分の胸に手を当て、高蔵寺たちを泣きそうな表情で眺めていた。



「おい高蔵寺。先に行ってるぞ」

「おい!? 高蔵寺先輩に向かってそれはないだろ九条!」

「……はあ」

「わかってる。今九条がめんどくさいって考えてるのはわかってる。だが、これは譲れねえってばよ!」

「じゃ、先に行ってるから」

「聞けよおおおおお!」



堂前が叫ぶのを無視して九条は辻を連れて屋上に行った。
立ち入り禁止で鍵のかかった屋上への扉を開けるにはそれほど苦労しなかった。今の九条では。力任せに扉を開ければ夕日が九条を刺した。九条は逃げるようにして日陰に潜る。

吸血鬼として太陽の光がこれほどまでに熱いとは思ってもいなかった。焼かれるような熱さだ。夏に感じる暑さとはまるで違う。炎のなかに放り込まれたようだった。本当に燃えてしまいそうだ。日陰に入っても全身には熱した鉄を押し付けられている熱さが残っている。九条の体から汗が溢れて出てきた。



「大丈夫?」

「ああ……、大丈夫じゃない。熱い」



赤神や高橋はこんな熱さに耐えていたのだろうか。昼間に出歩いていた赤神を考えるとその皮膚感覚を疑う。九条は歯を食い縛った。九条は吸血鬼になっても高校を卒業する気だ。この熱さに耐えなければ学校に通うことが出来ない。



「くそ……」

「あの、中に入った方が……」

「悪い、辻。そこまではしなくていい」

「な、なんで? ぜんぜん大丈夫に見えないよ……! 行こうよ、中に。このまま外にいたらだめだよ、死んじゃうよ」

「自殺した幽霊にそんなことを言われるとはな……」



学校に来るまではなんでもなかったのに、と思いながら九条は辻に隣に座るよう促した。辻は恐る恐る九条の隣に座る。



「辻、成仏したいって気持ちは変わらないのか?」

「うん。生まれ変わりたいの。もう辻伊吹のままでいるのは嫌」

「押し付けられている辻は自分が嫌いなのか? だから転生したいのか?」

「そう、なのかな。憎い心を持ってる私がいやなの。生まれ変わって、今生で出来なかったことをして、幽霊なんかにならないくらい満足した人生を送りたい」



辻のはっきりとした言葉を聞いたのは初めてだったのかもしれない。彼女の言葉に九条は満足した。