辻伊吹の成仏
 
九条と高蔵寺が制服を着て、学校に訪れたときにはすでに放課後だった。赤神が「吸血鬼になったばかりで人間の血がまだ残っているにしても、九条は吸血鬼。当然だけど太陽は苦手だよ。九条は夕方に出かけたほうがいい」と言ったので太陽が傾くのを待ったのだ。赤神は昼間でも家の外に出たではないか、と問えば「まあ、あたしは、ね」と言い残したのだった。



「放課後に学校へ行くのは初めてですわね」

「そういえばそうだったな」

「辻は私たちに見つかるまでずっと学校にいたんですの?」

「う、うん。いたよ。ずっと徘徊してたけど……、でも立ち入り禁止の屋上にいたことが多かったかな……」



立ち入り禁止の屋上までわざわざ行く理由のない九条は、だから今まで見たことがなかったのか、ともう目の前にある学校の屋上を見た。



「幽霊って死んだときの姿で現れるのをよく見ますが、辻は違うのですか?」

「あ、あの、私は手首を切ったの。見ても気持ち悪いよ?」



右手で左の手首をさすってみせた。冬服のため、ちょうど手首が見えないのだった。九条は思い出したように辻に手を伸ばそうとして、やめた。
学校の校門を通りぬけると、グラウンドや体育館で部活をしている学生の声が九条たちを迎えた。この声を聞くと辻が少しくらい表情をしてみせる。生徒用の玄関で靴を履きかえると、九条はクラスメイトの堂前と古山に遭遇した。彼らはそれぞれ驚いた表情をしている。



「お前っ! 急に学校を休んでどうしたんだよ。みんな心配してたんだぜ?」

「……まあ、いろいろあって」



九条の中では繰り返される一日であるが、この世界に生きる堂前や八角たちにとっては二度と来ない一日なのだ。いままで面倒くさいといいながらも毎日学校に来ていた九条が学校や友人になんの連絡もなく学校を休んだのだ。不審に思われるのも無理はない。



「あら九条。学校に連絡をいれてませんの?」



高蔵寺が九条の背後から話しかける。先輩である高蔵寺の姿を見て、堂前と古山は半ば叫ぶように高蔵寺の登場に驚いた。九条は友人に容赦なく不審な目線を送る。



「こ、こここ、ここ高蔵寺先輩ぃぃ!?」

「どうしてこんなところに!」

「なんだお前ら……。高蔵寺がどうかしたのか?」

「馬鹿野郎、九条! 高蔵寺先輩といったらな……この業界じゃあ超有名だぞ!?」

「どの業界だよ」

「高蔵寺先輩と話すことができるなんて光栄です! ありがとうございます!」



心底明るい憧れを抱いた目線に高蔵寺は満面の営業スマイルで応対した。一歩離れて、九条は冷ややかな目線を、九条の隣で辻はどうしたらいいのか分らず困惑した目線を送っていた。