辻伊吹の成仏
九条が鼻を手で覆いながら「ヘタクソ」と言った刹那、頭に強い衝撃が唐突に出現して抵抗する暇もなく九条はその場に倒れ込んだ。九条の眼鏡が戯れていたロルフと二匹の元に飛び、一匹の狼に当たった。唸り声をあげる狼の先は九条だ。
「……なんだこれ、不幸だろ……」
ため息混じりに九条が起き上がると、九条の頭に衝撃を与えた張本人である高蔵寺がフン、と鼻を鳴らして顔を背けた。
「九条が悪いんですのよ」
「確かに。女性にむかって今のはないですよ」
「あら、高橋は九条とは違いますのね。高橋は」
「……いじめかよ」
立ち上がった九条は非常に面倒くさそうな表情をしていた。朝から不幸に見舞われて九条は眼鏡を広いに行こうとしたのだが、狼が怒っていて取りに行けそうにない。困っていたら、ちょうど辻が中間に立って眼鏡の受け渡しをしてくれた。
「ありがとう」
「ううんっ、いいの。き、気にしないで」
辻は両手で大きく手を振り、もとの位置に戻っていった。九条が眼鏡をかけ直し、指を揃えた手を顔の前に持っていって狼にジェスチャーで謝った。いくら人狼が連れているとはいえ、ジェスチャーが伝わるとは思えないが寝込みに首を噛まれたくはないので、一応、だ。
「くっくっくっく」
そうしていると、近くで金神の笑い声がした。そちらに目をむけたのは九条だけではなく、高蔵寺もそうだった。
「疫病神の金神を家に招くとこうなる」
「俺の被害はお前のせいか」
「これでもかなり抑え込んでいるのだがな。不幸は」
「私の料理が焦げるのもあなたのせいですの?」
「かもしれんな。善処しよう」
喉の奥から笑う金神を睨み、高蔵寺はフライパンと再び向き合った。
「この焦げたものは全部金神の昼飯にしましょう」
「賛成ですわ」
高橋と高蔵寺が台所でコソコソと話をしている。自然と入って来る小さな声に九条は呆れながら辻の隣に座った。テレビを一緒に見るものの、九条には今後の展開や、誰が何を話すかなどは痛いほど覚えている。九条はただ、辻の隣でテレビを眺めていた。
「私、今日……出掛けたい。九条くんと、高蔵寺ちゃんと」
不意にぽつりと辻が言った。本人は誰にも聞かせるつもりはなく、ただ独り言を呟いただけなのかもしれないが、九条やロルフにははっきりと伝わっていた。そして、意外にも九条がそれを快諾したのだった。
「高蔵寺、辻が俺とお前の三人で出掛けたいってよ」
「えっ、え?」
「あら。いいですわよ」
「あ、そ、その、……ぅえ?」
「みんながメシ食ってからでもいいか、辻?」
「う、うん……」
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