辻伊吹の成仏
 

辻が話す気になったものの、その日は遅いということで、一旦各自割り当てられた部屋に戻ることになった。
ベッドに潜ってもなかなか寝つけられない九条は、ふと、さっき高蔵寺に抱いた欲を思い出した。腕で目を覆い、口のなかで舌を転がす。ついこの間まではなかった尖った牙が存在する。

九条は、最悪だと、自身を罵った。
高蔵寺を「おいしそう」だと思ってしまった。食欲だ。理性が行動に移すことを抑制したが、心配ではないといえばそれは嘘になる。吸血鬼になったことには後悔していない。しかし、確かに、もう……、人間ではないのだ。姿かたちは人間とそっくりな姿をしているのたが、そこには人間ではない吸血鬼としての本能がある。九条は何度も繰り返した。高蔵寺だけは食べない。と。

吸血鬼についてあれだこれだと考えている間に、九条は眠ってしまった。もう日が昇りそうな時間帯だった。



「おはようございます。九条」



外にいつも通り小学生が歩き出した時間、そう言って九条の体を揺すった。それが誰なのかを非常に重たい頭で九条は確認をし、面倒くさそうにゆっくり上半身を起こした。



「高橋か……」

「はい。おはようございます」

「……はよ。朝っぱらからなんだよ……」



九条は鬱陶しいという感情を隠すつもりがないのか、目線は時計をみつめて、外の明るさを確認していた。



「昨日のお礼を……」

「べつにそんなの、どうってことない。他にはなにか……」



一刻も早く二度寝をしたいと言わんばかりに九条は欠伸。二度目以降の欠伸は噛み殺している。
高橋は「まあ、そういうと思ってましたけどね」と言いながら九条のベッドに腰をおろす。



「僕が半吸血鬼なのは知ってますよね? 吸血鬼を殺す半吸血鬼です」

「ああ……、赤神を殺すためにどうとか」

「半吸血鬼は基本的に吸血鬼の命を狙っています。教会から九条を殺せと命令はなかったですけどね」



時間が動かないなかで、それは当たり前といえるのだが、高橋はこうして九条の身を案じていた。
吸血鬼はつねに悪役にいる。人間の生き血を喉に通さねば死んでしまう。いくら吸血鬼が不老不死だと祭り上げられても、彼らに死は存在するものだった。不老不死など、ありもしない伝説。吸血鬼を殺す者は西洋を中心にまだ残っている。吸血鬼が実際に存在するように。高橋はたしかに吸血鬼を殺す側にいるのだが、九条を仲間だと思っていることに偽りはない。
単純に九条を心配している。