辻伊吹の成仏
 

「……高蔵寺」



赤神は奥歯を噛み締めた。
高蔵寺は一同を見渡して「おかえりなさい」と言ったものの、優しげな声であるはずがなかった。



「複数で辻に何をしていますの。辻の死因なんて聞いて、なにをするつもりでしたの?」

「辻を成仏させようと思ったんだよ。きっと自殺の理由にヒントがあるとおもう」

「辻が怖がってるではありませんの」



高蔵寺は腕を組んで九条の隣に立った。ロルフは同時に立ち上がり、辻に目線を合わせた。辻が切羽詰まった表情で冷や汗を流し、震えている。いじめというものがどれだけ苛酷だったのかがよく分かる。



「……本当だ。怖がってる」



一匹の狼が申し訳なさそうにうつむき、もう一匹の狼は高蔵寺と辻を睨んでいた。ロルフの相変わらず眠そうな目が辻を捉えていた。
赤神は声を抑えつつ高蔵寺に感情を吐露する。



「怖がってる? はっ、笑わせんなよ。ただで夢は叶わない。本当に成仏したいなら恐怖くらい乗り越えてもらわないと困るね。日付はかわってなくても辻は約五年間も幽霊のまま。いつ悪霊になってもおかしくない」

「……俺、高蔵寺に賛成……。逃げられないよ、そういうの。いつまでもつけ回して、来る。辻が、どういう風にいじめられて、どういうおもいで……死んだとか……、知らないけど、このくらいの質問でも喋りたくないなら、悪霊になれば?」



「そうなったら俺が喰うけど」と声を一段と低くしてロルフが付け加えると高蔵寺は対抗して睨んだ。
友だちを思って、守ろうとする高蔵寺と、仲間のためと思う赤神とロルフ。その狭間で、九条は目をそらした。面倒くさがりの九条はこのときも話題に参加せず、視線は斜め下の床を眺めていた。



「あ、あの、私、喋る。大丈夫だから……、ありがとう」



辻は高蔵寺を振り返って赤神とロルフをしっかり見据えた。
このとき、九条はみた。辻の手が一瞬、消えたのだ。一瞬だったため、気のせいかと思った。しかし九条が驚くと同時に片方の狼がロルフに話し掛けるように絡み始めた。ロルフはその狼と会話をし始めた。別の狼は一人と一匹のほうを向いて話を聞き、たまに会話に参加していた。



「辻、成仏したいんだよな?」

「うん……。悪霊になりたくないっていうのもあるけど、私ははやく生まれ変わりたいの」

「……生まれ変わりたい?」



確認をとるために九条が辻に言うと、光の宿らない死んだ目をした辻がうつむきがちに答えた。



「私は……っ私が嫌いだから……」