辻伊吹の成仏
 

結局、九条たちは追い出された。

納得のいかない顔で赤神は拗ねた表情をしていたが、だれも話し掛けない。赤神も話し掛けて欲しいと思っていないようでツンとしていた。



「……九条、吸血鬼になって……どう?」

「どうって、なんだよ。どういう意味だ?」

「そのまま。自分から吸血鬼になりたいって、いう人……普通いない。本気で人間を……やめたいと思う、やつは……、頭がおかしい」

「俺の頭なんて、五年も同じ日を繰り返してたらおかしくなるくらいの強度しかねえよ」

「五年前……、このループが始まる前……、いや、みんな本当はもうちょっと前……。忘れてる。何を思ってここに来たのか。……俺は忘れていない。Ich hasse den Vollmond」

「は?」

「……ひとりごと」



月光の当たらない影では意識していないとロルフの姿が見えない。月の明かりに姿を現せば、彼に人間の姿は跡形もなく、人狼へと豹変していた。また影にその身を隠し、次に現したときには狼と瓜二つだった。
三匹の狼を見て、赤神を見て、九条は自身の口に指を触れさせた。

人間じゃない。

それを頭に焼き付けようとする。



「高蔵寺たちは寝てるだろうから静かにしろよ」

「あんた、なんであたしに向かって言うわけ?」

「……察しろよ」

「失礼だなあ! 八つ裂きにするぞクソガキ!」

「そういうところがうるさいんだろ……」

「……。げ、玄関は鍵が閉まってるだろうし、どうやって家のなかに入るわけ?」

「裏口から入るだけのことだ」



高蔵寺宅が見えてきた。木造の日本家屋と、その隣にははなれ。九条が高蔵寺に拾われるまで、高蔵寺は広い一軒家に一人で暮らしていた。高蔵寺が「来るもの拒まず」主義なのは寂しがり屋だからなのかもしれない。九条を先頭に、赤神といつの間にか人間の姿に戻ったロルフが中には入る。狼たちの足はタオルで九条とロルフが拭いてから家のなかにいれさせた。



「あ、おかえりなさい」



そう言って出迎えたのが、亡霊の辻だった。
すでに死亡しており、休息を必要としない。彼女はただ家のなかを徘徊していただけのようで、とくに何かをしていたという様子はなかった。



「早かったね」

「ダンに追い出された」



九条と辻が話している隣でロルフが「……肉」と呟いて冷蔵庫に向かって行った。その背中に「ほどほどにしないと高蔵寺に怒られるよー」と赤神がつげた。頷いて、ロルフは肉を持ってくると狼たちと山分けする。
その際にロルフは辻に死因をなんてことのない表情で聞いていた。