高橋救出作戦・鬼
 


「何言ってんの……、あんた。その意味が分かってるわけ?」



驚くべきことに、芯を貫いた九条の硬い表情より赤神が泣きそうだった。呆然としているのではなく、唖然としているのではない。赤神が泣きそうな表情をしているのだ。
赤神の腕を九条が強く掴んだ。赤神は痛そうに顔を歪める。



「痛っ」

「痛いか? だろうな、ここも、ここも、あちこち怪我をしてるんだからな」

「放してよ」

「離さない。俺を鬼にしてくれ」

「……!?」



面倒くさがり屋の九条が自ら首を突っ込むところは高蔵寺でもめったに見ない。ロルフの手当てをする高蔵寺もつい耳を傾け、見守ってしまう。
赤神は暴言を思い付く限り吐いてみたが九条はぶれなかった。



「あんた、その意味がわかってんの?」

「わかってる」

「吸血鬼になんてなるもんじゃない。あたしはもともと日本人で純粋な人間だった。西洋から来た渡来人によって吸血鬼にされたんだから、その道がどれだけ過酷なのか知ってる。止めな」

「俺はもう後悔したくない。だから今、最善だと思ったことをする」

「絶対に吸血鬼になんてならなければ良かった、って思う」

「思わない。俺の血で赤神が救えて、高橋が助け出せるなら後悔することは何一つ無い」



九条の真剣な眼差しが赤神の真っ赤な目を貫く。
その真っ赤な目はあまりにも人間離れしていた。
口から覗く尖った歯は獣と瓜二つだった。
その白い肌は生きていると思えないほど冷たかった。

どくん、と赤神の心臓が波打つ。好物を目の前にして本能が大人しくしている分けがない。食欲という欲が赤神の理性に爪をたてた。仲間だからと手を出さずに耐えていたその血を身体中が欲している。
理性が崩れてしまう。

赤神は九条を腕で無理やり振り払うと、彼を床に押し付けた。
もう理性はなかった。吸血鬼の本能が騒ぎ出す。血の色をした瞳が九条をただの餌としてうつしだす。



「九条……」



高蔵寺が見守り、ダンが再び戦闘の準備をする中、九条の動脈血が赤神の喉を通って行った。ごくん、ごくんと喉を赤色の液体が通っていく。
九条の身体には一切の力が入らなかった。手足の先から冷たく痺れていき、寒さを感じるようになる。瞼がだんだんと重くなって何もできなくなってしまう。

動脈血を吸い、今度は赤神の血が九条の体内に流れ出した。急激に体温が上がり、九条は全身が熱く燃え上がった錯覚に陥る。
苦しくなり、激しく呼吸を繰り返し、目は限界まで見開く。全身が沸騰して死んでしまいそうだった。