成仏
 
この幽霊の少女は内気で自己主張がほとんどない少女だ。死因は自殺。九条にも高蔵寺にも話しかけられると怯えてしまう。自殺の原因は高確率でいじめなのかもしれない、と九条は結論付けた。極端におとなしい幽霊の少女がこうして九条についてきたということは強い何かの理由があるのだろう。同じ今日を繰りかえすということなのかもしれないが、ただそれとは限らないかもしれない。



「あ、あの、こんなこというのはおこがましいと思うんだけど……」



蚊の鳴くような小さな声で幽霊の少女は自分から話しかけた。九条と高蔵寺は彼女を見る。幽霊の少女はいっそう身を小さくして続きを恐る恐る話した。



「私、成仏したいの。やっと、私が見える人に遭った……。でも、その、いきなりこんなこと言ってごめんなさい」



もじもじとしてハッキリ言わない少女。高蔵寺は腕を組んで悩んだ。九条はめんどくさそうに顔を逸らして高蔵寺の判断に委ねることにした。



「あなた、名前はなんていうんですの?」

「辻です」

「そう。じゃあ辻、あなたの願いはなんですの? 私たちにも叶えられるものとそうでないものがありますわ。まずはそれを聞かないと話になりませんわよ」

「私の、願い……」



辻と名乗る幽霊の少女は悩んだ。眉間にしわを寄せて悩んでいる。辻の人間らしい表情を九条は初めて見たような気がした。
やがて辻は八の字の眉をしたまま九条と高蔵寺にあやまった。



「ご、ごめんなさい。私にもわからなくて」



腰を曲げて頭を下げた。
九条と高蔵寺は顔を見合わせた。その間、辻はびくびくと震えている。



「とりあえず私の家に来なさいな」



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九条と高蔵寺が帰るころにはもう陽は沈んでいた。そして事件が発覚した。



「ちょっとおおおおおおおおおおおおおおおお!!」



玄関に入った瞬間、人間を超えた吸血鬼の速さで赤神が走ってきた。真っ赤な目は九条をとらえた。九条は驚いて肩を震わせた。すぐ後ろにいた辻は声にならない悲鳴をあげて下がった。
九条の肩をつかんで赤神は尖った歯を見せながら声を大にして言った。



「高橋さん、帰ってきてないんだけど!! 嘘ついたのかよ、このガキ! 血吸うぞ!? あたしはお腹空いてるんだがらありがたく命をささげな!」



一方的にしゃべって、赤神は九条の服を脱がしにかかった。九条は眼鏡がずりおちるのも忘れて必死にそれを阻止する。九条の「やめろ!!」という大きな声は家中に響き渡った。吸血鬼の力に人間がかなうはずもなく、九条の首元が露わになっていく。赤神の目には餌しか映っていない。
いままで黙っていた高蔵寺はここでやっと我に返り、赤神の肩を引っ張って九条が襲われるのを必死に止めようとした。



「ちょっと止めなさい! それよりも高橋が帰ってきていないというのはどういうことですの!?」