「……ねえ」
 

九条は眉を潜めて眉間に濃いシワをつくっていた。静かにため息を漏らし、右手にもつシャーペンがトントンとプリントを叩く。
問題を読まなくてもわかってしまう小テストが暇で仕方がないから叩いているのではない。たった10cm先に立ち、ジッと九条を見下ろす少女がいた。



(……めんどくせぇ)



九条は愚痴を思って目を伏せた。
この少女は先ほど廊下を通り過ぎた少女だ。授業中、ドアをすり抜けてやって来た。誰も反応しなかったため、幽霊なのではないかと九条は思う。こうしてたまたま目が合った九条の後ろにずっと立っている。



(この人って一体誰なんだよ……。生徒が死んだとか聞いたことないし、何年も前なのか。そういえば昨日の夜、赤神と一緒に帰ったとき……)



小テスト終了まであと数分。
九条は昨夜赤神と一緒に帰ったときのことを思い出した。電柱の下にいた見知らぬ少女。もしかしてこの人なのではないだろうか。片手で数えられる程度にしか見たことがない少女のことだから合っているのかどうかわからない。



「……ねえ」

(やばい、話し掛けられた。無視しときゃいいか)

「あの、私の話を聞いて……」

(赤神とか高橋って幽霊喰えるのかな。無理か。血ないし。はああ、めんどくせ。人狼……、は駄目か。幽霊なんて肉ないし)



ピタ、と九条の右手が止まった。教師の小テスト終了の合図がかかる。ざわざわと教室内に生徒の声が広がった。



「なあ九条ー、テストどうだったー!」

「うるさい」

「俺はわからなくて全部『織田信長』にしといた」

「いま明治時代やってるだろ……」

「ええー? 聞こえないー!」

「馬鹿って言った」

「なにおー!? 天下の堂前様に向かって、あで!?」



九条の席とは机四つ分は離れているのに堂前の声は元気よく九条にふりかかった。九条の態度は素っ気ない。ぼそぼそと幽霊の少女が呟いていたが、九条は無視をした。関わると憑かれる、と年末の番組で言っていたのを思い出していたのだ。
一方の堂前は一つ前の席にいる学級委員長の古山に「アンタうるさいよ」と頭を叩かれていた。


その日の放課後。九条は構って構って、と子犬のように尻尾を振る堂前を古山に放り投げて高蔵寺と待ち合わせしている校門まで急いだ。すぐにでも伝えたかった。ずっと付きまとう少女の霊のことを。