遅刻をした誰かさんたち
 


「おはようございまーす」「おはよう」「おっはよー」。朝の挨拶が何度もされる高等学校の校内を九条は一人で一階を歩いていた。高蔵寺も学校に来たのだが、彼女は一年生の九条とは違って三年生。三階までのぼっていってしまった。九条は遅刻寸前で教室のドアに手をつけた。遅刻するのではないかと疑っていたが、予想よりも早く学校に到着した。

教室をガラリと明けると、入学当初からよく話し掛けてくる堂前という少年が「今日は遅いな、九条!」と朝に似合った爽やかな笑顔を九条に向けた。それに対して九条は「……おはよう」とだけ返す。素っ気ない九条を気にすることなく堂前という少年は「おうおう、眠いのか?」と笑っている。このフレーズはすでに何度も体験しており、九条にとっては耳にタコができてしまうほどだった。

いつか、このフレーズを打破しようと九条は羞恥心を隠して「おはようっ!」とキャラを変えて言ってみたことがあったが、空気が真冬の如くひんやりと冷たくなったのでもう二度と無理にキャラを変えないと心に誓ったことがある。それ以来、耳にタコができてしまうほど聞いたフレーズに、九条のめんどくさがり屋のレベルが上がっていくのを感じていた。



「ほら九条。いつまでも堂前と見つめ合ってないで席につけよー」

「えへへ。俺たち仲良しなんすよ」

「違います先生。睨んでるんです」

「あれ、俺ってそんなに嫌われてたっけ!?」



朝のST開始間際ということもあって、九条は生徒の中で唯一立っていたのだが、すぐに席についた。窓際の席ではあるが、彼のの隣には窓ではなく柱がいる。いつもより低く見える柱だ。席についた九条をみて、担任の教師はSTをはじめた。



(――冬休み前ということで、宿題と冬休み明けテストの範囲を配るからしっかり勉強するように。ちなみに今日の日本史の授業は小テストやるから勉強しといたほうがいいぞ。ええー、そんなの聞いてないっすよ! ちょっと待って。日本史って一限目じゃないですかあ! ――)



九条は教師と生徒の反応を一文字の狂いもなく胸の中で呟いた。九条にとって、しばらく学校に来ていなかったため懐かしく感じたが、すぐに記憶通りの展開に飽き飽きしてしまう。

高橋は今、どうしているだろうか。ダンとはいったい何が目的なのだろうか。犬――ロルフはまた今夜現れるのだろうか。
目眩がするほどの変化に胸を踊らせる。はやく姉のもとに帰りたい。すべてはそう思うが故に、変化を喜んでいた。

そして変化とは、九条に休む暇を与えなかった。……一切。

ふと、眼鏡越しにとうの昔に飽きた風景を眺めていると、一人だけ、見たこともない少女がドアの向こうの廊下を横切った。

ずっと黒板のほうを見ていた九条は、目線をはずしてやっと、外の光景を目の当たりにした。パラパラと雪が降っていたのだ。

少女も、雪も、初めてのことだった。