赤神と高橋
 


「そ、交渉。こんな町から出たいのはあたしも同じだからね。町から出るまで共同戦線しようって事を。それまでお互い絶対に手を出しちゃ駄目だよ、ってこともね。……ま、まあ、他にも理由はあるけど」

「吸血鬼って血吸わないと死ぬんじゃないのかよ」

「でも時間がループしてる中では死にたくても死ねないよ。実際、腹をカラカラに空かせたあの犬が餓死してないんだしさ」

「ふーん……」

「あたしは食べ放題で美味しかったんだけどねえ。いくら住民に手を出しても朝になればまた生き返ってるんだし」



高蔵寺宅まで帰路を進んでいるなか、赤神とポツポツ会話した。
ふと、九条は目を電柱へ向けた。虫たちが電灯の周囲で躍り狂う電柱の下。そこに一人の少女がいた。高蔵寺が着ている学生制服と同じものだ。ぼんやりと立ち、光のない虚ろな目で電灯の周りにいる虫を見上げている。肌は青白く、その表情からまるで生気を感じない。死者なのではと疑うほどだ。



「そういえば九条」

「……ん」



赤神に話しかけられ、電柱の下にいた少女から視線を外した。赤神の質問は「学校に行ってるの?」というどうでもいいような話題だった。



「行ってない。行っても毎日同じでつまらない」

「なるほどー。こんな現状じゃあ、行ってもしょうがないか」



気になってもう一度少女を見ようと思ったが、すでにそこにはいなかった。

九条と赤神が高蔵寺宅に着いたのはそれから間もなくだ。ドアを開けるとシチューの匂いが香り、九条は腹を鳴らした。そういえば夕食を食べていなかった、と思い出す。九条と赤神を出迎えたのは高橋で「お疲れさまです」と微笑んで見せた。
そんな高橋をみて態度を急変させた赤神。



「高橋さーん! おかえりなさいのハグしてくださいーっ!」

「嫌ですよ!」



赤神は丁寧に靴を脱ぐと、飛び付くように高橋へ飛んでいった。高橋は超人的な動きで回避し、一目散に台所へ逃げ込んだ。そしてそれを追う赤神。赤神からハートが大量生産され、ボトボトと廊下に落ちているようだった。

「うるさいですわ。出ていきなさい!」と高蔵寺の怒鳴り声がする。九条は二人が入っていった台所に踏み入れた。いっそう濃くなるシチューの匂いに胃が刺激され、ぐぅ、と鳴った。
相変わらず高橋をでれでれした笑みで追う赤神に九条はストレートに聞いた。



「お前、高橋のことが好きなのか?」



これには当の本人であり赤神が赤面して石像の如く動きを止める。シチューをそれぞれの皿に盛る高蔵寺もカチンと固まってしまった。