美味しそうな肉、不味そうな血
 


意味がわからない、と九条が言った。ズキズキと痛む傷口がどうでもよくなるほど、つい赤神が味方についた意味がわからなかった。



(……いや、本当に味方なのだろうか。人狼を殺して、俺の血を吸い奪うつもりじゃないのか?)



九条の心配もお構いなしに赤神は尖った歯を見せながら笑った。人狼はごくりとツバを飲み、九条と赤神をエサの眼で視界にとらえる。
そして動き出す人狼。赤神よりも速い。目で人狼を追うのがやっと。それに対して赤神は姿を霧に変化させて回避した。

そのとき、九条は一切身動きがとれなかった。人間とはまったくかけ離れた外見をし、動きをし、見たことのない謎の力を使う。人間ではない別の生物の戦いを見て、あまりにも現実離れしたそれを九条は眼鏡のレンズ越しにただ見ていた。未知の世界が目の前で広がっている様だった。

赤神が服の中からナイフを取り出し、それを武器に戦って、人狼は己の爪と莫大な力を武器にして戦う最中。九条は、なにもすることも、しようとも思うことなく、ただ呆然と攻防を続ける二人を眺めた。



「バンパイア、美味しそう」

「うわっ。不味そうな血してるよ、犬!」

「……ちがう……。犬じゃない」



赤神の猛攻ですら怯むことのない人狼は、突然動きを止めた。どうしたのだろうか、と赤神は睨んだが、すぐに人狼は「ああ……」と呟いて腹を擦った。



「新しい獲物を見付けたのか」

「はあ?」

「錬金術師……、それと神。……この際しょうがない」



ひとりでブツブツと呟く人狼の耳に届く遠くからの声は九条と赤神には聴こえなかった。赤神にはかろうじて遠吠えが聴こえていたが、それが人狼とコンタクトを交わしていると気が付くには多少の時間がかかった。



「……」



人狼は獣の眼で九条と赤神を視て、そのあとすぐに夜の影へ消えていった。
はあ、と安堵したため息を吐いて赤神は九条を振り返った。駆け寄り、肩に手を触れながら真っ赤な目で九条の顔をのぞきこむように見る。



「あんた、大丈夫? それ以外に怪我はない?」

「っ」

「あの高蔵寺って子の家まで送ってあげるから……」

「……どういう風のふきまわしだ。どうして俺を助けようとした。お前にとって俺はただの獲物だろ」

「そうだね。今でも九条の血が欲しくて堪らないよ。あたしの大好物なんだもの。でも事情がかわった。高橋さんと交渉したの」

「交……渉……?」



眉間にシワを寄せた九条を立たせて、赤神は「そう」とすこし俯き気味に言った。