少年の後悔
 

撃つ。撃つ。撃つ。

高橋はチャンスだと吸血鬼を撃った。しかしそれは心臓ではなく腹であったが、吸血鬼はその場で血を流しながら倒れた。



「……腹、へった……」



人狼は朧気な目で倒れた吸血鬼を見た。一歩、また一歩と吸血鬼へ足を進める。いつの間にか別の狼が二匹現れたが、この狼も血を流す吸血鬼に夢中であった。九条は高蔵寺を背にして彼らが通り過ぎるのを睨みながら待っていた。



「人狼なんかに食われるなんて、ヘドがでる!」



血を吐き出しながら地面にヒビをいれ、立ち上がろうとする吸血鬼の前に高橋が立ちはだかった。



「犬に鬼は殺させません。彼女は僕の獲物だ。退けよ、犬」

「犬じゃ、ない。お前こそ退け……。俺は、空腹なんだ」

「この鬼を殺すのも、殺せるのも僕だけです。彼女は譲らない」

「腕一本だけでも、足を一本だけでもいいから。……ねえ」

「指一本、爪の先ですら貴様に譲るつもりは毛頭ありませんよ」



高橋は銃口を人狼に向けた。しかし疲労し、怪我を負っている高橋の照準は定まらない。

九条は考えた。
ただ見ているだけでは、逃げているだけでは、状況はよくならない。痛恨する。自分が家出をした理由がそうであるように。人狼と狼二匹を怪我をした高橋がたった一人で相手をするのは酷だ。



「……毒ですわ」

「え?」

「たとえ半吸血鬼とあれど、その回復能力は非常に高いはずですの。それなのに高橋さんは、高橋は回復していないのよ。……きっと、噛まれたときに毒を」

「……っ」



姉が苦しむのを黙ってみているのは、弟の九条も苦しかった。後悔ばかりが九条に集う。そうして、九条の次の行動は決まった。

袖を捲って自分の腕を思いきり噛んだのだ。人間の歯に殺傷能力は期待できない。それでも構わず。高蔵寺は呆然とした。突然どうしたというのか。ただ見ていることしかできなかった。
ボタボタと腕から血を流しながら九条は腕を挙げて、言った。
九条が血を流したことで吸血鬼はピクリと体を動かした。好物の血の香りだ。
普段、面倒臭がり屋の九条とは思えない行動だ。



「こっちに来い、猛犬」



九条は走った。体育の成績は上の下。際立った成績はない。九条は眼鏡をかけ直して後ろを振り向いた。人狼は狼に指示を出して二匹にその場を任せて走り出した。九条を追っている。
高蔵寺が何か言っていたが小さくて九条の耳には聞き取ることができなかった。