人狼
 
まるで瞳の赤が溢れたような綺麗で美しい血。それをだらだらと右目から流し、フラフラとした足で高橋は舌打ちをした。吸血鬼は頬の筋肉を使って長い弧を描きながらわらう。
ゆっくり高橋のもとへ近付く。高橋はまた試験管を取り出すが、コルクを抜けない。吸血鬼の突くような蹴りが鳩尾を直撃し、高橋は吹き飛ばされた。



「……っ見てられませんわ」

「高蔵寺、何を……」

「高橋は血が足りないのですわ。だから異性である私が……!」

「そんなことをしたら高蔵寺が」

「大丈夫ですわ。『私は死にません。吸血鬼にもなりませんわ』。まあ、半吸血鬼に私をそのようにできる力はないと見ていいでしょう」



九条は苦い顔をした。高蔵寺を止めるために掴んだ彼女の腕に込める力は緩めない。高蔵寺は少し痛そうにした。
離れたところで高橋と吸血鬼は殺し合いを続けている。状況は吸血鬼が優勢だ。その中へ高蔵寺を飛び込ませるなど、九条にとって考えられないことだ。



「俺は、たった数年だけでも同じ屋根のしたで暮らしてきた高蔵寺のことを家族だと思ってる。だから危険なところへなんて――」

「――美味しそうな肉……見ーつけた……」



九条が高蔵寺を説得している最中、低くゆったりとした男の声が乱入した。真後ろから。音も気配もなく。彫りの深い日本人とはかけ離れた顔立ちをして。金色の瞳の下にある濃い隈が特徴的。
近くで狼の遠吠えがした。



「……っ」

「ボサッとするな高蔵寺!!」



すぐに声をかけてきた男が人狼だと直感した。理由もないただの直感だ。
九条はほんの一メートル先にいた人狼から離れた。どうして、どうやってそこにいるのかはまったくわからなかったが、とにかく獣の目をしていた男から離れた。九条は高蔵寺を引いて、路地に姿を晒した。
人狼から離れると同時に、それは吸血鬼に若い人間の男を喰ってくださいと言わんばかりのものだった。



「血……、血の匂いがする……。腹へった……」



九条と高蔵寺を見て唾を飲み込んだ人狼は瞳をギロリと動かして高橋と吸血鬼を見た。
影の中にいた人狼が一歩外に出れば、姿は人間から大きな狼に変化した。



「来ましたか、人狼」

「あいつまで来たの……」



高橋と吸血鬼は人狼の姿をとらえると一瞬動きを止めた。その一瞬を見逃さなかったのは高橋だ。白衣の内側から試験管ではなく銀色の拳銃を取り出したのだ。