吸血鬼、弍
 

高橋は白衣のポケットにてを突っ込んで無色透明の液体が入った試験管を取り出した。それを片手にして、もう一方の手を首から下げている十字架に触れながらブツブツと呟く。



「俺たちでいうお経みたいなもんでも言ってるのか?」

「そうでしょうね。うちは神教だからよくわかりませんけど」



九条は白い息を冷えた手に吹き掛けて、吸血鬼と高橋の行く末を見守ることに徹底した。



「ふん、聖水を使うっての?」

「お望みでしたら聖水以外にも十字や銀の銃弾にしてあげましょうか」

「どれを使ってもあたしには当たらないから無駄だと思うけどねー。……早くかかっておいでよ、坊や。犬臭い人狼がこっちに来る前にケリをつけてあげる」



両手を腰に当てて片足重心。余裕の態度を見せる吸血鬼の挑発には乗らず、高橋は試験管の蓋替わりにしていたコルク栓抜いた。
そして爆発的な踏み込み。地面に小規模のクレーターを残して高橋は吸血鬼の前に現れた。試験管を逆さまにする。しかし吸血鬼はもっと素早く、高橋を抱き寄せた。荒々しい手付きで高橋のネクタイをほどいて首に噛み付く。
高橋はすぐに吸血鬼を引き剥がすと地面に押し付けた。口から高橋の血を流しながら吸血鬼はわらう。



「お前は吸血鬼よりも人間の血の方が少し濃いみたいだね。思ったより美味しい」

「……っ」

「穢らわしい半吸血鬼でも非常食にはなるのかなあ?」



高橋の下で気味悪くわらう吸血鬼。見ているだけの九条と高蔵寺にも悪寒を感じさせる。



「あたしの眼を見ろ、屑!」



吸血鬼は威圧を放ちながら叫んだ。真っ赤な眼の中に文字が、幾何学模様が浮かぶ。それを確認してすぐに、反射的に高橋は目をそらした。そして助走もないのに数メートルもジャンプすると吸血鬼から離れた。

ゆらりとバランスを崩して立ち、顔を上げた高橋の目から真っ赤な涙が――血が溢れていた。



「魔眼はご存知?」

「極東の吸血鬼が魔眼を使えるなんて思ってもみませんでしたね……っ」

「あたしがそれを習得したのはつい五年前だから、まだまだ使い方はいまいちなんだけど、効果はあるみたいだね。一瞬しか見てないのに片目を潰せた」



高橋はこのとき、唾を飲み込んで吸血鬼を見据えたあと、一度だけ、一瞬だけ、ほんの一秒にも満たない時間で、高蔵寺を見たのだ。

再び、今度は近くで狼の遠吠えがしたが、高橋の耳には入らなかった。