吸血鬼
 


「九条と高蔵寺は物陰に隠れてください。とくに九条のような若い男の血が鬼の大好物です」

「大好物って……」

「隠れますわよ、九条」



面倒くさそうにした九条の手をひいて高蔵寺は大きな看板の後ろへ潜り込んだ。
閉店したなら片付けておけよ、と九条が常識的なことを考えるが、今はその看板に感謝するべきだ。
暗い夜に浮かぶ高橋の白い白衣。何度も響く、狼のような遠吠え。冬の冷えた空気と自身の寒気が重なり、身震いをした。



「いた」



屋根の上、そこに高橋は視線を止めた。
九条の記憶が正しければそこは飲食店の屋根だ。わずかではあるが、月光に照らされてなにか見えるような気がする。それをじっとみて、九条は吐き気がした。
若い、20代ほどの男が青白い肌をしてぐったりとしていたのだ。体のところどころにあるのは切り傷。その男を押し倒していたひとつの小さな影がむくりと起き上がって高橋を見据えた。



「なんだ、また来たの?」

「ええ、お前を殺すことが仕事なんでね」

「馬鹿みたい、半吸血鬼ごときがあたしを殺せるとでも思ってるわけ? おめでたい頭してんだね」



最後のほうは嘲り笑うように吸血鬼は言う。

高蔵寺は九条を見た。九条は吸血鬼に釘付けであったのだ。高蔵寺は九条へ静かに話し掛ける。



「吸血鬼を見てはいけませんわ」

「……?」

「吸血鬼には異性を虜にする力があると聞いていますの。吸血鬼の魅惑にはまってしまいます。危険よ」

「そうなのか」

「吸血鬼を見る暇があるのなら美人な私を見なさい」

「確かに美人だけど、自分で言うなよ」

「冗談よ」

「冗談に聞こえない」



ふふふ、と口許を抑えて小さく笑い、高蔵寺は九条を自分の背中に隠した。いくら九条のほうが年下といえども彼の方が体格は良く、身長が高いため隠せていないのだが。



「降りて来なさい、鬼。殺してあげましょう」

「返り討ちに遭う覚悟はしておいたほうがいいよ、半吸血鬼さん」



吸血鬼は屋根から降りた。人間が屋根から降りればただでは済まないのに。それなのに彼女は珍しいことではない、と降りたのだ。九条は目を疑った。なぜ平然と立っていられるのか、と。人口の光に照らされて見える吸血鬼の姿は少女のような姿をしていた。その口から荒い言葉が吐き出される。真っ赤な血のような眼が爛々と光っている。生きているのか疑うほど真っ白な肌をもっている。人間離れしていた。
九条は悪寒がして、彼女から高橋へそらす。高橋も、吸血鬼と同じ真っ赤な眼をしていた。

吸血鬼は口についた血を袖で拭き取ると、尖った歯を見せながらニヤリと笑った。