鬼と犬
 


「……奇妙で可哀想なほど、世の中には不幸な人がいるんだ。俺はその人の不幸に捲き込まれてはいけなかったから家出をして、その先にたまたま高蔵寺がいて俺を拾った。ただそれだけだ」

「詳しく聞いてもいいですか?」

「まだ俺たちは他人だろ」

「僕はあなたに興味がわきました」

「気持ち悪い」



九条は眼鏡をとって服の袖でレンズを拭いた。その様子に高橋は静かにため息をもらす。

やがて高蔵寺の家に着いた。広い木造の家だ。家のほとんどは畳が敷かれている。家の中に入れば、どこか落ち着く香りがふわりと鼻をくすぐった。高蔵寺は振り替えって、九条に高橋を応接間に案内するよう指示を出すと、自分はお茶の準備をしに台所へ姿を消した。九条は高蔵寺に言われた通り、高橋を応接間に案内する。

少しすると、おぼんの上にお茶とお菓子をのせた高蔵寺が応接間に現れ、テーブルにそれぞれを置いてから九条の隣に、高橋と向き合うように座った。



「で、お話の続きを。あなたは追っているのよね。あの、殺人犯を」

「そうです。この数年。いつも邪魔が入るんですよ。きっと彼も僕たちと同じで、繰り返していることに気が付いていますね」

「まだ他にもいるってことか?」

「僕の知っている限りではあと二人ですね。あの犬ならまだ他にも知っているかも」

「犬?」

「僕とあの鬼の邪魔をする奴ですよ」

「……鬼?」

「九条たちの言う殺人犯のことです」



なぜそんな呼び方を……、と九条は思うが口を出さなかった。一方の高蔵寺はそんな些細なことは気にも止めなかった。



「ねえ、あなたはこの町に住んでいるわけではないのよね?」

「元々は鬼を追って来ました。今は住んでいるのかもしれませんが、本来は違いますね」

「この町に来た目的はなんですの?」



九条がいままで見たことがない目を、高蔵寺はしていた。鋭く、尖っている。決して睨んでいるのではなかった。
高橋は逆に冷たい目をして答える。



「鬼を殺すこと。今は同時に脱出法も捜していますよ」



笑った。高橋は微笑んだ。何か裏があるような薄っぺらい笑みではない。純粋に微笑んだのだ。
台詞と表情がかみ合わず、九条は言葉を理解するのに少しだけ高蔵寺から出遅れた。



「高蔵寺、こいつ……!」

「落ち着きなさい九条。高橋さん、まだ話すことがあるような顔をしていますわね。その鬼と犬……そしてあなたのことも説明していただけますわね?」