鬼を追う
ほっとした表情をみせる彼は悪人のようには見えなかった。 九条は、彼が人殺しとは思えなかった。
「僕は高橋といいます」
「あら、そう。あまり名前を簡単に名乗らない方がいいですわよ。名前は貴方の全てを表すようなものですもの。いわば裸ね」
「高蔵寺、占いとかに興味でもあるのか?」
「あんな嘘で商売をする道具なんて嫌いですわ。言葉は厄を呼ぶのよ」
はあ、と九条はよくわからないまま曖昧な返事をした。一方の高蔵寺は「まあ、でも……」と黄緑色の瞳を真っ直ぐ茶色の瞳で見つめ返した。
「礼儀ですし、私も名乗りましょう」
「素直に初めから名乗れよ」
「蚊の煩い音がしますわね。ここでしょうか?」
高蔵寺は指を揃えた手を唇の前にもっていき、驚いた様子を見せると九条の頭を容赦なく叩いた。勢いで、九条はバランスを崩してしまうが、転ぶことはなかった。 高橋はポカンとしている。
「……痛い」
「申し訳ありません。私は高蔵寺。こちらは九条といいます。よろしくお願いします」
「よろしく」
「貴方と詳しい話をしたいわ。けれどその前に……。高橋さんは人を殺したことはある?」
「は? 直球で言うのかよ」と九条は冷たい目を向けるが高蔵寺は涼しい顔をしていた。
「なぜそんな事を聞くのですか? 僕は人を殺すような顔をしていますかね」
「初めて今日、人が死んだの。近所にいる顔見知りでしたわ」
「……。……僕はその人殺しを追っています。きっと彼女は警察に捕まることはありません。彼女のような子には僕のような専門家があるんですよ」
白衣を着ていることから高橋は医者なのかと思う。殺人を犯した人に対する専門家とは、精神科の医者? でも医者が犯人を追うのか? 九条は自問自答を繰り広げていた。
「話が長くなるみたいですのでうちにいらっしゃいな」
高蔵寺の提案に話が長くなると感じていた九条と高橋が同意し、高蔵寺宅へ帰ることになった。 高蔵寺は黙々と帰路を進み、その後ろには九条と高橋が後に続いた。面倒くさがり屋の九条が高橋に話しかけるわけがないのだが、高橋は九条に疑問を投げかけていた。
「いつから高蔵寺と知り合ったんですか?」
「この町の時間が止まる前に会った」
「どういうきっかけで?」
「……奇妙で可哀想なほど、世の中には不幸な人がいるんだ」
九条は眼鏡の下にある目を細くして少し悲しそうにはにかんだ。
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