迷宮の世界
「……焦がしてしまいましたわ。ごめんなさい」
「知ってる」
木造の広い一軒屋の朝。家主と居候は何度も繰り返した会話をしていた。面倒くさがり屋の居候――九条は短く返事をして、家主――高蔵寺が焦がした目玉焼きを口に運んだ。 「ごめんなさい」と謝るのに腕を組んでおり、畳に座る九条に対して高蔵寺は立ったまま見下ろしていた。九条は「どうして態度がでかいんだ」と言ってやりたかったが、やはり面倒くさがり屋であるため、言わずに朝食を食べる。
「どうして私の態度に対して何も言わないのよ」
「何年も同じことを毎日繰り返されたらどうでもよくなる」
「しょうがないじゃない。気がついたら焦げてるもの。まあ、それは週一でほとんどはわざとですけれど」
「……」
九条は眼鏡のレンズの奥から高蔵寺のほうを見ていた瞳を無言で朝食の方へ向けた。九条の反応が面白くないと言いたげに高蔵寺がため息を吐いた。九条の正面に座り、自分の朝食に箸を伸ばす。
「高蔵寺、こたつが欲しい」
「四年も冬を繰り返していると寒さに慣れるでしょう?」
「慣れないから言ってる。こたつ」
「こたつは安くなってからね」
「不可能だろ」
「わかりませんわよ」
「俺たち以外の人間はずっと12月20日を繰り返してる。そして俺たちも12月20日に捕らわれてる。12月20日の夢を見てる他の人たちはいつでも同じことしかしないだろ」
九条と高蔵寺は捕らわれてるのだ。延々と続く12月20日に。いつまでも日付が変わらず、いつだって町の人間がする行動は一緒だ。九条と高蔵寺は12月20日を繰り返し続けているのだ。毎日毎日、日付が代わらない同じ日を繰り返し続けている。まるでそれは出口がない迷宮だ。
そんな日々を四年も繰り返しているのが九条と高蔵寺だった。
「まあ、私は買っても良いのですけれど、明日になればまたリセットされますわよ。そうすればこたつなんてなくなるわ」
「……そうだった」
九条はため息をついたその時だった。電話が鳴ったのだ。 九条と高蔵寺は凍りついた。昨日の12月20日には電話などなかったのだ。さらにいうならば、今までの12月20日には朝から電話などなかったのだ。不気味なものを見るように高蔵寺は電話が鳴る先を見つめた。
「この四年間で初めてだよな……」
「正確にはもうすぐで五年ですわ」
高蔵寺は立ち上がって、廊下に置いてある電話の受話器をとりに行った。少ししてから電話のベルは止まり、高蔵寺の声が聞こえる。
九条は気にも止めず朝食を食べ、完食した。食べ終わると、高蔵寺の様子を見に廊下へ出る。ちょうど電話が終わったらしく、高蔵寺は受話器をもとの位置に戻していた。
「どうした?」
「……お隣の石神さん家のおにいさまが亡くなったって……」
「どういうことだ……?」
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