The hungry victim

 


「どうしたらいいのかわからなくて、何もしてないよ……」



姫小松は項垂れた。さきほどまで姫小松を睨んでいた勇汰も、姫小松の様子があまりにもおかしくて動揺した。
朝比奈は姫小松に「大丈夫?」と問いかけるが、姫小松はちからなく、小さく頷いて見せるだけだった。



「あ、林王……」

「……待って」



五十嵐と凛の制止の声がして、勇汰と朝比奈がそちらを向くと、林王が立ち上がろうとしているところだった。



「違うの、違うの。姫小松くんは悪くないよ。姫小松くんには私を好きなようにしてもいい権利があるんだよ」



姫小松と同じくらい掠れた、弱々しい声で林王は姫小松へゆっくりと歩く。



「もう、わかってるみたいだけど、私は魔王の子孫なの。魔王がお姫様にした酷いことは、お母さんから聞いてるよ。小さなときから私は魔王の子孫だからって虐められてきた。でも、そんなのお姫様の、姫小松くんの痛みに比べれば我慢できる。転生したお姫様に会っても何かするつもりはなかったけど、でも、何かをされても私には拒むことが出来ないんだよ」

「林王……」

「姫小松くんたちの前世の話、聞いたときから私の覚悟は決まっていた。ここに連れてこられた時には姫小松くんに殺されるんだろうなって思った。でも、姫小松くんはなにもしなかった……。復讐をしてもいいんだよって、最初に言ったのに」



林王は姫小松の手首に触れながら、彼に微笑んだ。姫小松は静かに林王を見ているだけで、彼女の行動を待った。



「姫小松くんは優しすぎるんだね。誰よりも痛みと苦しみを知っているから、自分にされたことを他人にできない」



似たような台詞を聞いたことがある気がした。
姫小松は小さく「馬鹿だな」と呟いた。林王から目をそらして、顔を見られないように精一杯に隠した。



「どっちが優しすぎるんだよ……」










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六人はそのあと家に帰った。姫小松と林王の家族はとても喜び、その後しばらくは騒がせたことに対する後処理などで忙しい日々が続いた。
全てが落ち着き、何の変わりもない日常に戻ったある日、姫小松のもとに朝比奈が五十嵐を引きずってやって来た。そして姫小松の手をとって、体育館裏にいく。勇汰たちは不思議そうな顔で教室から姫小松たちを見送っていた。



「ちょっと朝比奈。痛い」

「ああ、ごめん。力を入れすぎたわ」



ぱっと朝比奈は姫小松から手を離して、五十嵐ともついでに離す。朝比奈は突然キリッとした表情になり、姫小松はどうしたの、と首を傾げた。