姫小松

 


僕には、ずっと悩んでいたことがあった。林王についてだ。初めは正体のわからない感情を、林王が視界に入り込む度に感じていた。心臓が早く動き、ドクドクと鼓動したんだ。初めは恋なんじゃないかって思っていた。林王に恋愛感情を持っているのかもしれない、と思っていたんだ。
まだ恋愛なんてしたことがない僕が当時、そう勘違いをしてしまうのも無理はないかもしれないな。

林王に抱く何かが、恋愛感情なんかじゃないって気が付いたのは勇汰と朝比奈の話を聞いてからだ。
僕はずっと一人で、前世の記憶なのかもしれない、と経験のない記憶に悩んでいた。夢と現実が混合したのではないかと思う日もあった。彼らの話を聞いて確信した。あれは前世の記憶なんだと。

そして、林王がただの人ではないことも気がついた。
勇汰も朝比奈も五十嵐も凛も気が付いていない。気が付いているのは僕だけだった。僕が林王に抱いていたのは恋愛感情なんていう、おめでたい感情なんかじゃない。もっと黒くて、黒い、憎悪だった。出会った瞬間から、彼女を見たあの桜並木。あの時から気が付いていた。



林王が魔王の子孫だと――。



「林王」

「あ、おはよう! 朝から会えるだなんて珍しいね! 姫小松くん、今日は一人なの?」



朝の登校。川が近くにある歩道で林王を見つけた。僕は林王の携帯電話を持っている右手を強く掴んだ。細い。力を込めていたから衝撃で携帯電話が落ちていった。



「ひ、姫小松くん……?」

「ついてきて。林王に話したいことがある」


「……。学校は? わ……! 姫小松くん!?」

「……」



力一杯に林王の手首を握り、無理矢理つれていった。学校に背を向けて歩いていった。林王は訳がわからず理由を問うていたが、三回ほどでやめた。それからは困惑していた顔をただ俯かせていた。

町から離れて、小さな山の狭い小道を歩く。林王は何も言わない。さすがに町から離れれば何か言ってもいいと思う。別に喋るなとは言ってないし。助けを呼ばれたら困るんだけど。
山の頂上近くになると、背の高い木々に囲まれてひっそりと立つ廃墟についた。姫小松夏蓮として、僕としての人生はこの廃墟の正体を知らない。勇汰たちと幼い頃に遊んでいたとき、たまたま発見したのだ。
前世の姫としての記憶では、小さな城にも見えるこれは要塞だ。魔王の手下からまもるためのものだ。
僕は抵抗を一切しない林王の手を握って要塞の中に入っていった。