Let's talk about old.

 









(……嫌だ……)



もう、いつのことだったか、彼女の脳では考えることが出来なかった。
魔王が突然、彼女の前に現れたのだ。彼女が寝ていた時。ふと気配を感じて起きてみれば、広い綺麗に清潔された部屋に見知らぬ影があった。人とは思えない大きさの影には手足があり、頭があり、妙にゴツゴツとしていたが確かにそれは人型だった。
怖くなって扉の外にいるはずの見張りに助けを求めようとしたが彼女――姫は人型に口を塞がれてしまった。
人型の正体は魔王。



(もう嫌。家に帰して……っ。怖いの、痛いのは嫌い)



その時から姫は捕まったのだ。魔王は姫の寝ていたベッドに手紙を、姫を拐ったと手紙を置いて窓から彼女を抱えながら出ていった。
手足を縛られ、口も閉ざされたまま開かない。
彼女は無意識のうちに幼い頃、毎日のように一緒に遊んだ幼馴染みに助けを求めていた。



(痛い、痛い、痛い、痛い、痛い……)



姫が放り込まれたのは魔王の城の地下にある牢獄。
昨日まで一日を過ごしていた自分の父に所有権があった城とは正反対に汚い。牢獄は狭く、汚く不潔。
まるでごみをゴミ箱に投げ込むように扱い、檻の鍵を閉めて無言で魔王は地下から出ていった。



(痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い。お願い、もう殴らないで、止めて。すっごく痛いのよ……)



もう、いつのことだったか、彼女の脳では考えることが出来なかった。

今では毎日のように――しかし牢獄には時計も外をみる窓もないため、時間がわからないが――魔王が姫のもとへ訪れていた。
姫の美しさをその醜い瞳にうつし、彼女を自分のものにしようとするのではなく、勇者の度重なる手下の撃破に苛立ち、そのストレスをぶつけるために。
空気が口から吐き出され、姫はの美しい身体は魔王の手足によって痣だらけ。叩き付けられ、蹴られ、踏みつけられ、拳を食い込まれ。
声を出して情けなく懇願することさえ許されない。いっそ、殺してくれ、と何度願ったことか。

意識は朦朧とし、考えることは一切できず、人形のようにただそこに居るだけだった彼女の意識が戻ってきたのは魔王が呟いた一言だった。
その時もいつものように殴りに来ていた魔王はその岩のように固く頑丈な腕を振り上げた。ちょうどタイミングを計らったかのように彼の手下が「報告を申し上げます!」と現れた。どうやら勇者が魔王の城に到着したようだった。



「小娘ヲ助ケニ来タカ……」



はっとした。
いつも手をさしのべて助けてくれたあの人が、また助けに来てくれた。それが嬉しくてたまらない。姫は顔の筋肉を動かせないまま涙を流した。

途端、その顔を魔王が踏み潰した。

何かが壊れるような嫌な音がした。姫の意識は、プツリと途切れる。
次に意識を取り戻したのはほんの数秒。寒さを感じ、冷たくなる身体にも気付かず、遠くから聞こえる懐かしい声に耳を傾け、そのまま重たいまぶたを閉じた。もう二度と意識を取り戻すことはなかった。