掌から零れた命たち



オレたちが到着した頃には、遺体を抱えるラカールと、シングの両肩をつかんで脱力するチトセがそこにいた。エマもいたが、彼女はなにもせず成り行きを眺めているだけだった。



「ころしてくれ、ころしてくれ」



ただ、そう繰り返すシングはシングではないみたいだ。焦点の合わない目で、ときどき左腕を庇いながらチトセにすがるように言い続ける。言葉もどこかたどたどしくなっている。喉の奥から張り上げる声はまるでひび割れたように掠れていた。

やっとシングたちを見つけたオレとルイトは言葉を詰まらせた。あんなシングをみたことがない。一切動かない血だらけのミルミだってそうだ。



「シング……俺は……」

「たのム、千歳、おねがいだから……、ハヤク……!」

「……っ」



シングの眼は充血していて、いまにも目玉の血管が破裂しそうだった。ときどき咳き込み、身体中が震える。
オレは立ち竦んでいた。動けなかった。怖かった。ミルミが遺体となったことよりも、呪いが。オレもいつかああなってしまうのだろうか、と。瞳が血のように真っ赤に染まって、幻覚がみえて、呪いに寿命を喰い尽くされ、殺される。
死にたくない。死にたくない。

オレの左手は不意に動き、自然と腰に吊っていた拳銃を握った。すぐに銃口をシングに向ける。いち早くルイトがオレに怒鳴った。



「なにしてんだソラ! お前、シングに何を向けてんのか、何しようとしてるのか解って――」

「このままシングの苦しむ姿なんて見たいの? 悪趣味なことで」

「てめぇ!」



ルイトはオレの胸ぐらを掴んだ。酷く怒っていて、その理由も意味もオレは重々承知している。だから怒りで我を忘れてしまいそうなルイトとは正反対の声で告げた。



「汚れ仕事はオレが引き受ける。シングの最期の望みを叶えたい。もうオレの手は血塗れなんだから、今更仲間を殺したってただ血が上塗りされるだけだ。ルイトの手は綺麗なままでいて……」

「でも……!」



ギリギリと歯ぎしりをたてるルイト。手を離して誰も見ないように目を反らした。



「待って、ソラ。シングは私にやらせて。私のせいでもあるから」

「いや、お姫様――ラカールは手をくださなくていい。俺がシングの願いを叶える」



再びオレが銃口を向けたとき、そっとミルミを寝かせながらラカールが名乗りをあげた。すぐにチトセは自分から言い出し、周りに有無を言わせないうちに陣を描き出した。



「俺の手だって、もう汚れてるんだ。……シング、せめて楽に」



チトセはそう言うと召喚術を使役した。
ラカールは歯を喰い芝って、ミルミを抱き上げるとシングの横に連れて行った。
意識が朦朧とするシングは、呪いに精神を食い潰されながらもミルミの存在に気が付くと至極優しく微笑んだ。
心から思った感情なのか、むなしく笑ったせめてもの理性なのかはわからない。
ミルミの冷たい手を手繰り寄せて、彼女の体を抱いた。

シングとミルミの足元にはチトセの召喚陣が輝きを増している。



「たまには俺にもミルミを守らせてくれ」



それがシングの最期の言葉となった。