一瞬の風が吹いた間に



死というものはあっという間で唐突に訪れた。
なんの予告もなく。
ほんの一瞬の出来事だったようだが、その様子は鮮明に頭に刻み込まれた。

ミルミ・ベファルンは呆気なく死んだ。

エマの血が幾何学模様を描き、魔女がどこからか超遠距離魔術を使って。
ミルミの体は硬直した血によって串刺しにされた。身体中を串刺しにされた。手足だけではなく容赦なく臓器を切り裂いた。心臓でさえも。ドボドボと蛇口から流れる水の様に血が身体中から溢れている。

無惨にも、ミルミの血でさえエマは武器にしようと身体中から血液を引き抜いている。

ミルミ・ベファルンが死んだ?

シングの頭のどこかでブツ、と何かが切れたような気がした。怒りが込み上げてくるわけではない。口が無意識に開き、瞳は驚いて点になっている。バクバクと破裂するくらい心臓が喧しい。全身の脈がシングに告げる。ミルミが死んだぞ、お前の最も大切なミルミが死んだぞ、と。

ミルミの身体から串刺しにした硬直の血がズルズルと引き抜かれた。ボタリと遺体が地面に落とされた。
血がエマによって引き抜かれたせいで陶器のように真っ白な肌をしている。

シングは立てなくなって地面に膝をついた。シングの顔も青白くなっていたが、彼にはまだ生気がある白さだ。

たった今の今まで見ているだけだったラカールとチトセも駆け出した。ラカールはまっすぐ彼女のもとへ。チトセも彼女のところへ向かおうとしたがシングの所へ駆け寄った。
ここまでがたった数秒で起きたことだ。ラカールが能力を使ったわけでもないのに、それはそれは長い一瞬だった。



「嘘、嘘嘘、ミルミ……!?」



ラカールは服や手が血で汚れてしまうのも構わず彼女を抱き起こした。氷よりも冷たい肌に瞬間的に手を離してしまったが、すぐに改めて彼女の頬に触れる。
冷たい。冷たい、冷たいつめたいつめたい。
ボロボロとラカールの涙が彼女の頬に落ちていく。

死の直前、ミルミはシングに伝えていた。「守れなくてごめんなさい」と。そればかりが頭をグルグルとめぐっていたシングは乾いた喉で彼女の名前を呼ぶが、返事がない。あるわけがない。
シングは涙を流した。呪いのせいでもう流すことはないと思っていた心からの感情。やがてシングは結論を言う。



「俺を殺してくれ」



と。



「……っ馬鹿か!? ミルミの後を追うなら俺は反対だ!」

「それも、ある。が、……このままだと、俺
、精神がほうかいする。みるみがいナイと、生きることガ……できない……」

「シング」

「のろいに殺されたくナイ」

「……」

「殺してくれ」



エマは黙ってその様子を見ていた。
彼女を殺したことで、何がどう転がってもシングは死ぬ。
エマが手を出しても今なら死ぬ。
放っておいても数分以内に死ぬ。
理性が崩壊して自殺するかもしれない。
シングの願いを聞き入れてチトセかラカールが殺すかもしれない。
シングの寿命はもう短いことは明らかだった。

エマはただ、心を無心にして彼らの様子を見ていた。