血による罠



シングの流した血が近くの雑草に絡まった。蕾のままの花の茎をも真っ赤に染め上げる。
その間にエマは周囲に球として浮かばせていた血を重力に従順させて一旦下ろした。ビチャ、と弾くそれを平らに、広く拡げる。

沢山の茎がいっぺんに不審な動きをした。そしてすべての法則を打ち破り、エマを狙って伸びていく。エマは先ほどのシングの糸に絡まって満足に体を動かすことはできない。しかし彼女の口は三日月に歪んでいた。



「シング避けて!!」



ミルミが敬語を忘れて叫んだ。普段のミルミの様子から想像もできない行動であった。
シングは何も確認せずミルミの言葉を信頼して数メートルも離れた場所へ瞬間移動した。シングの足下から突き抜けたような釘が飛び出していた。



「やっぱミルミは邪魔だなあ。シングのサポートをして、その上怪我の回復までしちゃうんだから……!」

「マスター、大丈夫ですか?」

「これから先もあの口調と呼び方で話してくれると嬉しいんだけどなあ」

「拒否権を行使します」



バッサリとミルミに切り捨てられたシングはガックリと項垂れた。しかしエマの追撃が二人に長く休みを与えない。エマの攻撃はミルミばかりに集中していた。
シングの心臓を突き刺せばミルミは同じように死に、エマの目的は達成される。しかしミルミによるシングへのサポートは徹底的だった。今も聞こえないくらいの声でシングになにか言っているような素振りがある。
エマの攻撃はエスカレートしていく一方だった。シングたちの伸ばした茎はいまやエマの攻撃に比べれば目眩ましにもならない。



「めちゃくちゃだな」



ただひたすらに避けるシングとミルミは近すぎて気が付けなかったのだ。しかし遠目から見ていたラカールとチトセにはエマの猛攻が適当に成す攻撃には見えない。エマの左手がポケットを探り、一冊の小さな本を取り出した。てのひらに収まってしまうほどの大きさなのに、それは辞典のように分厚い。
それの正体を察したシングが気がついた頃にはもう遅い。ふと周りを見渡せば、エマが撒き散らした血が円でミルミを囲い、幾何学模様を地面に描いていた。ミルミだけが囲われていた。その事実だけでシングに崩壊の傷を負わせるに十分だった。



「嘘だろ……?」

「はあ、やっと。……もう逃げられないよ。シングはわかってるみたいだけど、解説してあげようか。ミルミ」



顔面蒼白になるのはエマ以外の全員だった。エマが説明をしようと口を開くまえに、ミルミには汗が滝のように流れ落ちていった。