かくご



「ルイトはソラのところへ行ったほうがいいだろう。エマはきっと俺に用があってこっちに来ているはずだ。ソラが心配だろう? 俺たちでエマは十分だ」



走るのを止めたシングはルイトの背中を軽く押すように叩いた。ルイトは躊躇ったが、シングの目はもう決まっているようで何を言っても無駄だと察した。

ルイトが組織に入ったばかりの頃、ツバサに「行動を常に一緒にしている人物のことはできるだけ調べ尽くしたほうがいいよ。諜報部なら」と言われたことがあった。プライバシーだとか友人のことは自分から調べたくないだとか、ルイトは反論したのだがツバサに説得されて調べたことがある。ソラ、シング、ミルミ、レイカのことを。ジンとは幼馴染みであるため、調べることは少なかった。
シングとミルミは、単に言ってしまえばマフィアの子供だ。シングはマフィアのボスの長男で、将来はボスという立場を継ぐはずだった。ミルミはボス――シングの父の右腕である人物の娘。マフィアのボスともなれば恨みを買いやすい。シングが呪われたのは彼自信のせいではなく、父が原因だ。
シングは生まれがマフィアの長男ということもあり、将来は大きな責任を担うことになる。それによりシングは冷静な判断をすることもでき、大抵のことでは動揺をみせないのだが一方で頑固なところもあった。
皆には調べたということを伝えておらず知らないふりをするルイトであったが、気がつけばその身は諜報部特有の「嘘つき」に染まりつつあるのだと嘆きたくなった。

ルイトはシングになにを言っても自分にはソラの元へ急がせるだろうことも、ラカールとチトセの力を借りずふたりだけでエマの相手をするだろうことも簡単に予測ができた。



「……わかった。けど無理すんなよ」

「解っている。死に急ぐことはしないさ。ミルミを俺のせいで死なせたりはしない」



シングはもう一度背中を押した。今度のルイトはそれに押されて走り出す。ルイトの姿が見えなくなり、足音が遠ざかるとシングはミルミに微笑んだ。



「確か近くに噴水広場があったな。そこへ行こう」

「わかりました」



先頭を歩くシングとミルミを目の前にしてラカールとチトセはあまり良い表情をしなかった。顔を見合わせて困った表情をする。深刻な。



「あの、私たちの立場で言えたことじゃないんだけど……、大丈夫?」

「何が?」

「わかってるでしょ。ミルミも、なんで何も言わないの?」



ラカールの顔は泣きそうなものだった。声は震えていて、それでも瞳だけはシングとミルミを睨んでいる。



「シング、末期でしょ。"呪い"。わかるよ。死ぬかもしれないんだよ。エマはいつも魔女と一緒にいる子だよ? なにか仕掛けられてるかもしれないのに、自分達が戦うなんて。私たちがエマと……」

「エマは俺に恨みがあるからな。ラカールとチトセが俺の代わりをすることはないだろう」

「……マスター、『俺』ではありません。『俺たち』です。私を忘れないでください」