走ってる最中


ミルミは痛い、とは言わなかった。返事を言葉にするかわりに強く握る大きな手を握り返した。シングの考えることは口にしなくてもわかる。契約など関係ない。誰よりも長くそばにいたからこそ通じる。
二人の様子を数歩後ろからラカールとチトセも見ていた。契約をしているからといって長生きできるわけではないのだ。チトセの家系は代々30歳を超えたことがないほどの短命。シングとミルミの『覚悟』は楽観視できない。客観視できない。次は自分たちの番なのだから。



「月、綺麗だね」

「ああ。そうだな、ラカール……」



走る足音が心地よいリズムとなり、五人をつつむ。ただし、ルイトだけ、その音など頭に入っていなかった。両手で抱えるこのコートの主のことで頭がいっぱいだった。ずっと先に進むソラの情報が能力を通じで入ってくる。



「ソラは魔女側のエマを追っている。同じ魔女側のハリーと遭遇したが、合流したシドレ、ワールとともにハリーを足止めしてエマを追っている。アイのほうはホテルで千里眼を使ってるっぽい」

「つくづくルイトの能力って便利だと思うな」

「さすが諜報部です」

「褒めてもらえるのは嬉しいが、ソラが心配だ。いつ発作が起きてもおかしくないのに一人で勝手に……。あ、そういえばシングのほうは大丈夫か? ほら、腕」

「……魔女が近くにいるとやばいかもな。進行速度はソラより早いから」

「休んでいたほうが……」

「大丈夫だ。大丈夫だからこうやって走っていられる」

「頼むから無理するなよ。ソラみたいに自暴自棄になってほしくない。失いたくないのはソラだけじゃなくてシングとミルミも同じなんだから」

「ははは、わかってるさ」

「そういえばさ、ハリーってどんな奴? 俺とお姫様はお前らと学校違うし、その野郎のこと全然知らないんだよ」



話を切り替えようとチトセは別の話をルイトに振った。ルイトは「ハリーと通ってる学校が同じってとこは知ってんじゃん」と白い息を吐きながらそういうと、彼の必要な戦闘情報を口から流した。



「ハリー・カーティス・セラーズ。俺らと同じ年で現在行方不明のミントの弟だ。ミントにそっくりで、社交的で明るくポジティブな性格。それ故にいくら攻撃してもめげない。異能は能力者。とくに珍しくもない発火能力だ。けど発火させるよりも炎の操作に長けていて肝心の発火はへたくそ。常にライターを持ってる。ちなみにへたくそなだけで発火はできるからライターを壊したって根本的な解決にはならない」

「ミントの弟? じゃあ姉弟で所属してる組織はバラバラで、しかも敵対してるってこと?」

「幼いころに両親が離婚していてそれぞれバラバラになってる。入ってから敵対してるって知ったんだろう。つーか、最初はソラの敵が魔女ってだけ。魔女は組織っていうより集団。しかも一年前に組織が合併しただけでそれまで俺たちは同じ組織じゃなかっただろ」


「あ、そっか。私たちは水の組織で、水の敵が魔女だったんだよね。ミントが所属してる炎の組織が協力体制になっただけで……。そのあとに四つの組織が合併して四つの敵対に魔女……」

「そういうことだ。……!?」



ルイトはラカールにうなづいた。ルイトとラカールの間にわざとらしくチトセが割り込んでいたが、ルイトは気にしなかった。
ラカールが納得したところで、ルイトはヘッドフォンを右手で抑えて「やばい」とつぶやいた。



「くそ、エマがこっちに来てる!」