追跡劇



炎。まずい、服にでも火がついたら……!
危機感は感じたが、それも一瞬。至近距離では避けることは不可能。不意打ちで、カウンターをしている余裕などない。とっさに腕で頭を隠した。熱に耐えるため、唇をくいしばった。思いっきり目を閉じる。
しかし予想した熱は訪れなかった。かわりに、不思議な感覚が身体を襲う。

後ろに落ちる。
そんな経験はしたことがない。だが、つい先ほどまで足場であった地面が壁になるような、なにもない空間である路地が天地になるような。簡潔にいうなら、重力が変わったような……。重力が地面ではなく背後に変化した。落下する速度は速い。数十メートル落ちると速度を緩め、静かに重力が戻る。バランスを崩した俺は尻餅をしたような格好になっている。
チリ、と目の前で炎が消えた。



「大丈夫ですか、ソラさん!」



きらり、と月光に金髪を輝かせて建物の影から現れたのはシドレだった。



「なんで、シドレが」

「待ってください、ソラさん。そんなことより彼をどうにかしましょう」

「いや、シドレはソラを連れてシングの家に連れていった方がいい。あいつは俺が足止めする」



シドレの後ろからワールが現れ、歩み寄った。すぐにオレとシドレの横を通り抜けて一歩前に出た。腰から提げた刀ではなく、手に持った剣を鞘から抜き取った。鋭い刃を向けた。オレに炎を向けた相手に。この時初めてあの少年を見た。
ニット帽を被り、マフラーを巻き、コートを羽織っている。冬という季節に合った暖かい格好だ。髪は短めに雑に切られている。どこかで見たような金髪と黄緑の瞳。ミントと同じ色だ。人懐っこい優しい瞳が、鋭くなった。



「っあいつ」

「ソラさん、知っているのですか? 彼を」

「……ハリー。学生時代に友達だったんだけどね。エマを追ったこのタイミングで出たってことはハリーも魔女側なのかな。意外」

「エマ……? この街にいるということは、あの人がいる可能性がありますね」

「そう、だからまだシングのとこには戻らないでエマを追いたい」

「魔女とぶつかるかもしれません。……これでアイに連絡して協力を煽ってください。千里眼があれば見失うことはありません。ワール、ついてきてください!」



シドレはポケットに入れていた携帯電話をオレに渡して、ワールに声をかけた。ワールはハリーに向けていた剣をおろしたが、ハリーはライターをオレたちに向けていた。
隣をみれば、シドレは強い眼をしている。そっとハリーに手を向けた。それを見届けてオレは携帯電話を耳に当てた。