血の契約
シング・ザシュルンクは眠れない夜を過ごしていた。それはいつものことで、眠気など一切無かった。ミルミが隣のベッドでスヤスヤと寝息を立てて寝ている。 ポツン、ポツンと風呂場のシャワーから水滴が落ちる音がやけにうるさく感じる。シングは眠れもしないのに、目を閉じて朝になるまでそれを数えていた。
滴り落ちるしずくの音が途切れた。異変だ。シングは手元にあるナイフを手に取った。人の気配がする。シングの真っ赤な眼は風呂場のある場所を睨んだ。息を殺し、ゆっくり近付く。
「誰だ?」
「私たちだよ、シング」
シングの前に現れたのは幼馴染みであり、同じ契約者のラカールとチトセ。水の契約をしている。水の契約の力で水と水がある場所を経由して移動ができる。外に持参した水を撒き、シングとミルミの部屋にある風呂場に現れたのだろう。 シングはナイフを構えていた手をおろして「どうした?」と聞く。
「シングとミルミもこっちに来てるって聞いてね。ゆっくり話をできなかったから、最近」
「なにも深夜に来ることはないだろう」
「シングと私たちで話をしたかったの」
「……穏便な話だと嬉しいんだがな」
シングはベッドに座り、二人にはソファをすすめた。二人は応じる。 ラカールは申し訳なさそうな顔をして眉を八の字にした。チトセは自然な動きで手を剣の柄に添えながらラカールの背中を擦る。
「ごめん、穏便な話なんかじゃない」
「だろうな」
言いにくいようで、ラカールは口を閉ざして目をそらしてしまった。チトセは彼女の頭を撫で、シングとは違う紅の瞳に月光を宿らせて、言った。
「単刀直入に言う。俺達に殺されてくれ、シング」
シングは押し黙った。チトセは眼を背けない。ただ、真っ直ぐ、鋭く、彼を見る。 ミルミはシングの分まで、まだぐっすりと眠っていた。
「なぜだ? 俺が死ぬということはミルミも死ぬということだぞ」
「知ってる」
「理由を聞かせて貰いたい。納得できん」
「血の契約について調べたんだ。うちの歴代に一人、血の契約をした方がいて調べるのは簡単だった」
「!」
「『血の契約』は通常の契約よりも濃い。主人の方が命の危機になると守護者の方が消え、同一となるんだろ?」
「……」
「そうなれば主人のほうも、同一したことでもとの人物とは別人に。誰の記憶からも消え、当然のように、代わりに居座る誰かになる。俺たちはそんなの耐えられない。"呪い"のせいでお前らが同一になるのも時間の問題。ならば同一するまえに、消えないうちに殺すしかない」
「なるほど、そう考えたのか」
「シング・ザシュルンクとミルミ・ベファルンは、シング・ザシュルンクとミルミ・ベファルンとして一生に幕をおろして欲しいんだ」
「……感服した。俺たちのためだとはな……」
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