長い廊下の上で




その日の深夜。日付が替わっているから翌日の深夜、のほうが正しいのかもしれないが、まあ、とにかく深夜だ。寝静まってとても寒い世界にいるような感覚をベッドから上半身を起こしながら感じた。
隣のベッドを見ると、ヘッドフォンをしたまま寝ているルイトがいた。オレのベッドとルイトのベッドの距離は数メートル。間には持ってきた最低量の荷物が置いてある。

なんだか妙に目が覚めてしまった。左腕が痺れているから、そのせいでもあるかもしれない。すぐにもう一度眠る気にはなれず、なんとなく窓から外を見た。月明かりが綺麗で、真っ暗な部屋を照らしてくれる。月明かりなんて無くてもオレの眼さえあれば部屋の中は見えるんだけれども。
ルイトに目を戻し、起こさないよう静かに動いて部屋から出た。暗殺をしていて静かに移動することに慣れているとはいえ、ルイトを起こさずに移動するのは非常に困難だったが、今日は起こさずに動けた。もしルイトを起こしたら絶対に怒られる。物凄い怒られる。あの鬼嫁、説教長いからな……。

部屋から出て、シングの広い広い家を散歩することにした。どうせ部屋にいても暇だ。枕の横に置いておいた拳銃をズボンに挟んでしまい、大きな窓の向こうに見える街を見ながら進む。取り合えず、ずっと先にある廊下の突き当たりまで行こう。



「それにしてもシングの親って何かの社長なんだろうな。何の社長だろう」



こんな豪邸を建てるほどの財力があるなんて、立派だ。いくらレランス家が魔術師の名家だからって、ここまで大きくなかった。



「ああ、でも、そう考えるとチトセなんてもっとお金持ちか。あそこの家は本当に凄い」



チトセは召喚師の名家出身だ。名家の中の名家。レランス家なんてここ七代くらいしか続かなかったのに対してチトセの家は遥かにそれを上回る。チトセ・ライケンドは本名をチトセ・ナカガミ。名家だからって友人との関係に壁を作りたくなくてチトセが勝手に偽名を名乗っている。レランス家が名家としてまだ山ほでの高さしか実力がないとすれば、ナカガミ家は空彼方、オゾン層……ましてや宇宙ほどの実力があるだろう。ナカガミ家が何代続いているのかは未公開らしいけど、それにしても本当に素晴らしい。

オレの身の回りには金持ちが集っているのかも、と考えてみたがボスを引き抜いても目立って金持ちなのは少なかった。むしろ身寄りのない人の方が多く、気のせいか、と首を振る。



「……あ、れ?」



噂をすれば影がさす。

チトセの事を考えていたせいか、今、窓の外にチトセとラカールがいたような気がする。こんな深夜に自宅でもない家の周囲をフラフラしてる……?

ッ!!

まずい、こっちを見た!?
良眼能力で瞬時にチトセがこちらへ向くのを悟り、窓から頭を下げた。

動きはオレのほうが速かったはずだ。そうでなければこの能力はただのお飾りになってしまう。



「なんでラカールとチトセがいるわけ……? こんな、深夜なんかに。ウノ様からなにか仕事があるのか?」



たとえば、この広い広い家のなかに暗殺対象がいる、とか。