早朝の静かな街で




サクラは誰もいないロビーでため息がでた。疲労のため息だ。テアはツバサを捜すと言って出ていってしまった。テアはもともと同じ場所にじっといられるような質ではない。目立たないために普段はおとなしくしているものの、本来の彼女は天真爛漫で放浪癖がある。行ってしまった彼女の背中を思い出しながらサクラは首を傾げた。テアに放浪癖があるのは、彼女を知る人ならば大抵は知っていることだ。隠す必要がない。それなのになぜテアが隠そうとする様子を見せたのか、まったくサクラには見当がなかった。

仕事柄、疑い深いサクラはそっと右手を動かして陣を描いた。召喚されたのは、透明な小鳥。偵察用だ。透明であるせいでよく見えないが、頭部の目は8つあり、頭をグルリと囲んでいる。何も音をたてず、小鳥は飛んでいった。










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「はあ、はあっ」



人がまだ疎らな街を走っていたテアは気が済んだところで立ち止まった。早朝の静かな街ではテアの足音が目立ってしまう。
秘密型能力者とは、好奇な目で見られてしまうことが多い。珍しいあまり、研究者の目に止まってしまえば、テアはモルモットだ。幼い頃に何度か捕まって、何度も何度もツバサに助けてもらったことがある。目立ってしまえば捕まってしまう。捕まってしまえばツバサに迷惑をかけてしまう。その方程式からイコールで示されたものが「目立ったことはしないで大人しくしていよう。大人しくしていなければならない」だった。
早朝の足音に驚いたテアはその場で立ち竦んでしまった。唐突に、足の力が抜け、誰もいない路地で座り込んだ。涙を流していることに気が付いたのはそれから何分か経ってからかだった。頭を、胸を満たすのはツバサ。親代わりであり兄のような大切な、大切な彼に会いたいという強い気持ち。



「……なに泣いてるんだよ」



呆れた声がして振り向くと、そこには収集家がいた。普段からの癖で、つい身構えてしまった。しかし収集家は自分の上着を脱いでテアに被せると頭をぽんぽんと叩く。



「……本当に、敵意がないのね……。収集家さん」

「質の悪い嘘はつかない主義でな」



涙を拭いてテアは無理矢理笑顔をつくった。収集家は、さらに強くテアの頭を撫でた。下手ではない、むしろ上手いくらいに撫でる。



「不思議。ついこの間まで殺し合ってたのに、なんだか慣れてしまった……」

「まあ、俺とツバサが似てるからじゃないか? 幼馴染みなんだし」

「え?」

「ああ、俺の名前はレヴィだから。収集家なんて呼ばなくても……。それより別の場所に移動しよう。冬の朝は寒い」

「……え、ちょっ、ちょっと……!」

「話はあと。寒い寒い」

「……えー」