死神少女の悩み事



テア・ジュラーセは悩んだ。
収集家の「一緒にツバサを捜さないか?」という言葉が、テアを誘惑するのだ。

テアにとってツバサはとても大切な存在である。義理ではあるが、たしかに兄妹のような関係を築いていた。きっかけは自分が秘密型能力者という珍しい異能者であったのが初めなのかもしれない。"シナリオ"越しではツバサの本当の感情は迷宮入りなのだ。それでも、それでも、本当はツバサはテアのことが大嫌いでも、テアはツバサが好きだ。愛している。健気に彼を尊敬している。

ある日突然ツバサが自殺した、とリャクから聞かされたとき、「彼は不老不死だからたとえ自殺したとしても生き返るだろう」と考えていた。たしかにそうなのかもしれない。
しかし、生き返ったとしてもツバサが以前と同じようにボスとして存在したこの組織に戻ってくるとは限らない。
自分が死ぬまで、もう一生会うことができないのかもしれない。


ツバサの部屋に入って、静かに考えていたテアはため息をついた。収集家を信用してついついくか、このままツバサの帰りを待つか。ただ、収集家を本当に信用してよいのか見極めなければならない。もしかしたら罠なのかもしれない。しかし"シナリオ"の存在を知っていた。このことを知っているのはツバサと親しい証拠。「黄金の血」のメンバーとすでに顔見知りであったり、収集家と何らかの仲があるツバサはテアでもよくわからない。

テアはツバサの部屋を出て、ただひたすらに階段を降りながら考えていた。ときどき階段から足を滑らせてしまいそうになる。

一回のロビーに到着。まだ太陽が低い位置にいるほど早朝であるため、静かにだった世界なのに三人の話し声がしてテアは首を傾げた。



「――だから、ミントを見たのよ!」

「そんなわけがないだろ。たしかにあいつは行方不明だが、出血が酷かった。あれでは生存している可能性が低い」

「そうだとしても、私とレオは見たのよ」

「ああ、俺も見た!」



テアがロビーに足を踏み入れてから彼らの話し声が聞こえてきた。シャトナとレオがサクラに詰めよっているのだ。サクラは眠そうな目をあちらこちらに泳がせて、最終的にたまたまそこに現れたテアに止まった。シャトナとレオもテアの存在に気がつく。



「あら、テア。どうしたの? こんな早朝に」

「さ、散歩に行こうかと思って……」

「そうなの。まだ暗いから気を付けてね」

「シャトナたちは何をしているの? 仕事の帰り?」

「そうよ。サクラが私たちの話を真面目に聞いてくれないのよ」



「眠いんだから寝かせてくれ」とでも言いたげなサクラの表情に少し笑いながらテアは「一睡してからでもいいんじゃない?」と言う。サクラは無表情のまま小さく親指を立ててテアをほめた。



「……それもそうね、私たちも眠いし」

「じゃあサクラ、昼頃にそっち行くから」



おやすみ、と二人はあっさり引いていく。サクラは安堵のため息をした。テアはくすくすと面白そうに笑う。



「サクラも寝たら?」

「いや、その前に聞きたいことがある」

「……私?」

「そうだ」

「何?」

「ここを出てどこにいくつもりだ?」

「散歩よ」

「そうじゃない」



隻眼の目がテアを見た。テアはサクラからそらして、遠くでエレベーターへ乗り込むシャトナとレオの背中を見つめた。しかしすぐにエレベーターが二人とテアを遮断してしまう。



「諜報部のボス補佐に嘘がつけると思うな。どこにいくつもりだ?」

「……ツバサを捜しにいくのよ」



サクラの有無を言わせない鋭い目に圧倒されてテアは足を一歩ずつ後ろへずらしながら呟いた。逃げるように。



「……」

「……ごめんなさい」



サクラの見開いた目を見なかったことにしてテアは駆けた。建物から出、街から出る。
ただひたすらに駆けた。