Happy



「んだよ、ソラも人間じゃねえか。……それなのに……俺……」



普段ならばルイトにしか聞こえないくらいの小さなジンの声が、この静かな空間でははっきり聞こえた。それにはなにも応えず、オレは警備員の頭をきれいに撃ち抜く。

ジンがオレを人間ではないと疑うのも無理はない。

実際にはオレは人間なんだから、これは例え話だ。人の死に無頓着で、機械的に人を殺し、ただ命令だけに従う殺人機。まるでオレはそれなのかもしれないと思っていたんだろう。

安堵したジンの顔を見送りながら鉄格子の前にいく。ジンが両手を鉄格子に掛けて左右に力を込めた。ギイギイといいながら鉄格子は間を広げて、最終的には人が通れる幅にまでなった。オレを先頭にして中に入ると、空の不衛生な牢屋のような収容所が左右に、ずっと先まで続いている。蜘蛛の巣が天井から垂れて、パチパチとフラッシュを続ける蛍光灯の光。窓が無いせいで、ときおりやって来る闇と光は互いに目立った。ジンはときどき足元に転がっている瓦礫に足をぶつけて痛そうにしていた。



「それにしても長いなあ、このエリア。何人を閉じ込めておく予定なんだよ、ったく」

「どれもこれも空だね。誰もいない」

「けど、どこかにルイトはいるはずだ」

「うん」



オレの眼で、隙間をも見逃さずに探す。
ここにはいない、いない、いない、いない、いない、いない。そうやっていくうちにひとつ、人影が見えてきた。ルイトじゃない。小さな女性のようだった。彼女を見てジンは「こいつ、こいつだ!」とオレの肩を何度も叩いて話し掛けてきた。ジンに叩かれると骨が砕けるんじゃないかと思うくらいに痛い。



「待ってよジン。痛いって。手!」

「あ、わり」

「んで、このおばさんがなんだって?」



気絶をしているようにも見えた銀髪の中年女性はボサボサの頭を持ち上げて虚ろな目でこちらをみた。骨と皮だけの身体には不釣り合いの、重たい手錠と足枷が付けられている。身なりもボロボロ。



「こいつが俺たちを探し当てた召喚師だ」

「へえ、この人が……」



女性は乾ききった唇を震わせて言葉を俺たちに紡いだ。わかりやすい言葉を繰り返す。



「……殺しておくれ……、わたしを殺しておくれぇ……」



ジャラジャラと鎖の音をたててやってくる女性。ジンは動揺していた。ただ、オレは銃口を女性の額に向ける。



「おい、ソラ。殺すのか……?」

「彼女はそれを望んでる。それにこのまま生かしたらまた異能者が処刑されちゃうでしょ?」

「そうだけど、彼女を逃がしてやることだって」

「この人はかなり衰弱してる。40歳少し越えかな。異能者にとってはもうすぐ寿命。外の世界で生き延びられない」

「……」

「幸せの感じ方は、人それぞれなんだよ……」



左手を強く握り締めた。爪が手のひらに食い込んでいる。オレが左手を握り締めていることに気がついたジンは諦めたようだった。

オレはジンの表情を見て、引き金をひく。これが本当に正しいことなのかわからないが、少なくともオレは正しいことなんだと信じて、また歩き出した。その時。「んーっ」と声がした。唇を開かないで口の中だけで声を出すような声だ。オレとジンは目を合わせる。ルイトだ!