彼女を失い、彼が現れる





身体中についた雪を払わず、ルイトとジンは突然現れたツバサから後ずさっていた。崖の上は静かだ。



「テメェ、誰だ? 俺たちを殺しに来たのか?」

「まさか。君たちを殺したって俺が得するとは思えないよ」

「そうやって油断したところを殺ろうったってそうはいかねえ」

「秘密型能力者でもないし、異能が強力というわけでもない子供の命なんて、人身売買でも価値は低いよ。そもそも俺は君たちを殺そう、だとか君たちを追っている無能者に差し出そうとは思ってないよ。逆」



優しい口調と、優しい笑みが子供のルイトとジンの警戒心を解いていた。たまにキツいことを言うものの、ツバサに敵意がないのはルイトもジンも理解しはじめていた。

ザッと崖の上で足音がする。ルイトは小さく「ジン、まだあいつらが上にいる……」と伝えた。

ツバサが白い息を吐いた。ため息だった。



「君たちが俺を信用するならついておいで。助けてあげる」



上の足音を気にすることなく、慌てもしないで落ち着いてツバサは茂みの中に入っていってしまった。



「ジン、どうする?」

「……現実を受け入れるしかないだろ。彼女は死んだんだ……、どこへ行っても俺とお前だけじゃ逃げ切るには限界がある」

「着いていくのか?」

「ちょっと言うことがキツかったけど、あの人は悪い人に見えなかった」

「わかった」

「いざとなったら逃げるしかねえけど」

「うん」



ジンに従って、二人はツバサの後を追うことになった。ツバサの入った茂みの中に二人も入る。茂みの中ではツバサがルイトたちを待っていた。二人が着いてくる様子を見せて、ツバサは「こっち」と案内をする。素直についていく二人。



「お前、雪国の人間じゃねえよな。発展国みたいな奴の顔してる」

「そうだね」

「なんで俺とルイトを助けたんだよ」

「そりゃ同じ異能者だからだよ。それだけじゃあ不十分?」

「証拠をみせろよ」



必要以上を喋らなくなったルイトの手を握って、ジンは強気にツバサと話をした。
ツバサは後ろを振り向いて立ち止まる。それにならって二人も止まった。



「名前は?」

「ジン。こっちがルイト」

「そう。じゃあジンくん、捻挫してるでしょ? 手首出してみて。治してあげるよ」

「お前の名前はなんだよ」

「俺はツバサ。よろしくね」



ジンは赤くなった手首をツバサに伸ばした。その小さな手首をツバサは優しく持つと、空いた手でそれを覆う。
その時、ジンの手首から痛みがひいた。