その瞬間、全て



「ごほん。んーっと、不死はね、一撃必殺というか、これをやったら絶対に死ぬだろーって攻撃を受けると灰になって一旦消えちゃうの。死んだら灰になって消えるっていうのは多重能力者はみんな同じ。跡形もなく姿を消す」

「……ツバサ、多重能力者だから……」

「そういうこと。で、次は君の質問だよね」



少年はリャクの方を向いて笑顔を浮かべる。テアに向ける笑顔と同じ種類。
もしこの少年がツバサとおなじ容姿をしていたらと思うとリャクはゾッとして背中に寒気が過った。



「ツバサがどこへ行ったか……。実は言えないんだよね。"シナリオ"に関わることだし」

「……また"シナリオ"か。くそ」

「そう悪態つかないでって。もともと悪い性格がさらに悪くなっちゃうよ?」

「余計な心配だ!」

「うわっ……と!」



リャクが最下級魔術を発動させれば少年は痛んでいない左足を軸に、その攻撃をさらりと避けてしまった。一瞬にして現れた光の巨大な針のようなそれはすぐに消え、ちょうどそのときにテアが慌てて二人の間に入った。



「待って待って! ここでも喧嘩しないで!」

「だってこいつ、なんかムカつくもん。そりゃツバサみたいに何かあったって訳じゃないんだけどさ」

「この気持ち悪い面を見ているとイライラする。話し方なんて奴とほとんど一緒だ」

「と、とにかく、ツバサの居場所は言えないのね?」



テアが再確認のためにリャクの方を向いていた目を、振り返って少年に向けた。するとすでに、その少年は目が前髪で隠れて見えないくらいにうつむいて肩を揺らしていた。笑っているのだ。次第に抑えていた声まで聞こえ出す。
不穏な雰囲気を放つ少年にテアが怖じ気づいた。

ツバサと同じかと思っていたが、全然違うのだ。まったく違うのだ。ツバサとは違った威圧感を少年が放っているのだ。いや、少年の場合、威圧感ではない。恐怖を植え付けている。まるで狂人のようでテアは無意識に足を下げていた。テアが足を下げたせいで二人の距離は長くなり、その間にリャクが割り込んだ。



「なにが面白い?」

「あははは! 場所は教えられないけどヒントならあげられるよ。ほら、今だよ。今!」



ついに声をあげて笑った少年は「今」を繰り返した。テアはビクリと体をふるわせてリャクの白衣の袖を小さく掴んだ。手袋越しの感覚を感じながらリャクは少年を無言のまま睨んだ。リャクからは威圧感と殺意が放たれ、稀にバチッと電流が弾けた。少年は一通り笑うと息を吐き、涙も出ていないのにそれを拭う仕草を見せた。



「時間がもうないみたい。おなじ世界に同じ存在は認められないからね。あーあ、もっと遊びたかったなあ」

「それって……」

「不死の再生をいままでしていて、たった今完了したように伺えたが」

「せいかーい。これは簡単だったかな? 明ねーちゃんたちがこの世界に来て少しだけバランスを崩したことで再生が難しかったんだけど……帰っちゃってからまあまあ時間経ったしね。これでやっと……」



少年は歩きながら浅い水溜まりの中に足をつっこんで杖をもったままそこに立つと、ズブズブと沈んでいった。
浅い水溜まりであるはずなのに、だ。

波紋を作りながら少年は慌てた様子もなく、続きを永遠に沈黙させたまま姿を消した。二人の質問にそれぞれ答えたからもう用は無いと思ったのか、世界のバランスのことを考えてどこにいるか知れないツバサと入れ替わったのか。
テアが無言のままその水溜まりを見つめていると、突然ナナリーの声を裏返した叫び声が響いた。



「リャク様! ティアちゃん! 収集家がここを嗅ぎ付けました!! 早く帰らないと……!」



ナナリーの声にはっと我に帰ったテアは自分がまだリャクの袖を掴んでいることに気が付いて手を離す。その時、リャクが独り言を小さく、小さく呟いた。



「封術発動までの僅かな隙まで嗅ぎ付けたか。しかもこの短時間で……。なるほどな、今、か」