マレ・レランス



ヒタヒタと後ろからついてくる足音を耳障りに思いながらオレたちは宿に到着した。部屋に入ると晩御飯はすでに用意されていて、それに手をつけずに待っていたルイトが「おかえり」と言った。ジンはすでに自分の分を半分以上胃に送り込んでいるようだった。
オレとレイカはすぐに座椅子に座ると遅めの晩御飯を口にした。

テーブルの上が片付くとオレとジンはゴロゴロと怠惰に寝転がり、昼間の疲れで動きたくなくなっていた。ルイトとレイカがせっせと布団を敷いている間、オレはずっと誰かの視線を感じていた。思えば、この感覚は今に始まったことではないような気がする。
この視線の正体にため息を吐きながらオレは姉について考えていた。朧気に記憶する彼女の表情。オレの黒髪より色は薄く、綺麗な声をしていたということは覚えている。なぜ姉の顔が上手く思い出せないのだろう。ナナリーの封術がまだ解けきっていないだけなのだろうか。それとも外部から何らかの作用があるとか?



「おいソラ、ジン。ゴロゴロしてないでこっち手伝えよ」



ルイトの若干呆れた声にはっと反応して体が飛び起きた。ルイトの顔を凝視する。ルイトは眉間にシワをよせて「なんだよ……」と文句ありげな声で言った。



「ル、ルイト、深青事件について知ってる!?」

「え? あ、ああ、客観的な深青事件なら」

「オレについて誰よりも知ってる?」

「誰よりもってわけじゃないけど、まあ知ってる方じゃないか?」

「昔のオレ、オレの姉ちゃんについて何かいってなかった?」



「ソラ、急にどうしたんだよ」とジンは床からオレを見上げている。ルイトはレイカと目を合わせた。左目だけのレイカはルイトに小さく頷いてみせる。



「どうしても気になるのか。マレ・レランスについて」

「どうしても」

「前回はこれを知って、しばらく経ってから呪いの進行が急速化してソラの目は赤くなった」



シングみたいに……。
そうオレは胸のなかで呟いた。



「かまわない」



思ったよりオレの声は低かった。
ルイトは少し不安の色を見せる表情で、顔をそらしたあと、ヘッドフォンに手をかけた。



「お前は実の姉であるマレ・レランスを殺していない。殺し損ねている」

「……死んだんじゃ、ないの……?」

「いいや。深青事件を起こしたころ、マレ・レランスの魔術の属性は水。魔術師は最大二つの属性を持つことができる。ソラが殺したのはマレ・レランスのもうひとつの魔術属性によって容姿を似せた別の人間だった」

「……」

「マレ・レランスのもうひとつの属性とは、『死』。つまり、お前に呪いをかけて苦しめている魔女は、お前の姉だ。クラウンという偽名をもつ魔女。魔女の本名はマレ・レランス。戦闘によって付着した魔女の血を研究部が解析したところ、ソラと血が繋がっていることが確証されている」