灰色の目玉



レイカはオレから顔を背けて「あんまり人に見せるものじゃないんだけどね」と呟いた。オレの視線は空間を滑ってレイカのほうへ向いている。レイカは首をひねって少し考える仕草をすると、胸のところにあるタオルをぐいっと持ち上げて手で抑えたままオレのすぐ横へ――左側までやってきた。
レイカの灰色をした右目がオレの瞳に写り混む。その右目にはやはりなにかがいる。龍のような形をした煙に似たものがゆっくりと蠢いていた。



「私の故郷がないのは知ってるよね?」

「後藤さんたちのいるあの世界から帰ってくるときに、みんな故郷に飛ばされて……。オレはもちろんブルネー島だったけど、そこにレイカもいたって、あれ?」

「うん。私が小さい頃に研究所へ売り飛ばされたから、思い出のある土地なんてないの。私が売られた研究所では異能についての研究が進んでいてね。私はそこの被験体として買い取られた」



子供に寝物語を語るような声音でレイカは続ける。そこに悲しみも恨みも憎悪もなかった。しかしネガティブな感情が混ざっていないからといっても、ポジティブな感情もない。



「この目は研究成果。この目玉は目玉の形を模しているけど、目玉としては機能していないの。私の本物の目玉は倉庫にしまってある」

「じゃあ、レイカのその目はなんなの?」

「いままで不可視とされていた魔力を固体化した史上初の成功例」

「魔力……って、魔術師の……?」

「うん。リャク様の、強大な魔力」



なんで魔力を、なんでリャク様の魔力が、レイカの目玉に? なにを目的にして、そんなことを?



「リャク様の研究に対する原動力は誰にでもあって、単純なもの。好奇心なんだって……」

「好奇心?」

「目的があるわけでもないし、論理的な考えがあるわけじゃないって。ただ、気になったから。……これはナナリーの受け売りなんだけどね」

「目的もなく、レイカから目玉を奪って、レイカを好き勝手にしたの?」

「買い取ったのはリャク様だもの。でも好奇心だけで不可能を可能にしてきたリャク様って、私は尊敬するな。それにリャク様の研究を目の前にすると、目玉一つだなんて安いよ。運が良かった。たまたま私がいたから目玉を交換したんだって。私の前の人は拒絶反応で全身が溶けて死んでしまったし、その後の研究で使われた人は脳みそが耳と鼻と口と目から溢れて死んでしまったらしいし」

「たしかに、それは運がいいのかもしれないけど……」



左腕が痛んだ。
リャク様とは案外真面目な人なんだと思っていたけど、生き物を何だと思っているんだろう。好奇心だけで一体何人の人を殺してきたんだろう。異名の通り、やはり彼は狂研究者で、価値観がまったくずれているということなのか。

そういえば、今、一時的にシングとミルミの遺体を預かっていると聞いたが、なんのために? 好奇心?