温泉



「つ、着いた……!」



レイカの崩れそうになる体を支えて温泉で盛んな宿に到着したときにはすでに夕食時だった。カウンターでチェックインを済ませると、オレたちはひとまず部屋に案内された。男女を分けようかと思ったが、お金がそこまで届かなかったため四人部屋だ。まあオレやルイトが何かするわけじゃないし、レイカならなおさらしない。ジンは怪しいがオレとルイトがいればレイカを守ることができる。

部屋に荷物を置くとルイトはジンを引きずるように温泉へ連れて行った。
浴衣に着替えるレイカをなんとなく眺めていたら、レイカは恥ずかしがった。



「あ、あんまり見られると恥ずかしくなるよ……。ソラは温泉に入れる? 大丈夫?」

「ああ、男装のこと? 大丈夫……ではないね。留守はオレに任せてレイカは行っておいでよ」

「でも」

「真夜中になったら入りに行くよ。幸い、今日は平日だからさ」

「だったら、私も留守番しててもいいかな……」

「え?」

「一人で温泉に入るよりソラと一緒にいたほうが楽しいし……」



浴衣に着替え終わったレイカは温泉への荷物を部屋の隅に追いやって、オレの正面にある座椅子に座った。



「優しいね、レイカ」

「う、ううん、そんなことないよ。他人に見られたくないもの、あるし」



レイカは右目の眼帯を擦った。
眼帯のこと……。聞いてもいいのだろうか。しかしレイカの表情は切なげになっているわけでもなく、悲しみの色を浮かべているわけでもない。ただ、単に困った表情をしているだけだった。



「それに、優しいのはソラだって……。ジンに聞いたよ。今日、私たちを連れてきた理由」

「あの馬鹿……っ、余計なことを」

「ありがとう」

「……」



照れ臭くて、それを誤魔化すようにオレはそっぽを向いた。そしておもむろに立ち上がって、髪をほどき、男装をやめて浴衣に着替える。鞄からだて眼鏡とマスクを引っ張りだした。



「レイカ、温泉に行こう」

「で、でも、さっき……」

「一番奥にある温泉は人気が少ないんだよ」

「わ、わかった!」



レイカは嬉しそうに立ち上がると意気揚々と温泉へ歩き出す。部屋に鍵を閉めてオレはレイカの横を歩いた。

ちゃぽん、と音を鳴らしてレイカが湯につかった。オレは先に入っていて、夜空を見上げていた。キラキラと輝く星を綺麗というより憎らしいと思うのはオレが皮肉屋だからだろう。



「レイカ、その、目……」



オレは眼帯のないレイカの目に視線を動かした。
レイカは両目をぱちくりさせてから「ああ!」と合点がいったようだった。色素の薄い灰色の右目は、ただ色素が無いだけではなく、その瞳の奥で何かがうごめいている。