移動中のバスで


その日の午後。夜だ。オレは自分勝手にルイト、ジン、レイカを夜行バスに突っ込んで温泉へ向かった。席は一番後ろで、オレ、ルイト、ジン、レイカの並びになっている。

ジンはやたらとオレに突っかかってくるがオレはそれを受け流していた。
ジンはシングとミルミの死に酷く悲しみ、また、それに対してなんとも思わないオレに八つ当たりを向けていた。何年か前もそうだった。あのときは喧嘩をした。今回もそれを覚悟していたのだが彼はその感情を抑えている。



「なんでこんな時に温泉なんだよ」

「温泉なんてなかなか行かないからいいでしょ」

「お前、こんな時なんだぞ。わかんねえのかよ。ああ、お前はいいな。あいつらがもう居なくなって、どこにもいなくて、二度と会えなくったってなんとも思わないもんなあ」

「ちょっとジン……」

「うるせえぞルイト!」

「……っ」



ジンはオレが温泉に連れて行くことに怒っていた。
ジンの鋭い眼光にルイトは何も言えず、レイカも顔を伏せていた。窓の外を見ていたオレはジンへ視線をぶつける。光も宿らない眼にジンは対抗した。



「何も無いから悔しいこともある」

「だからってなんで今なんだよ! 意味わかんねえ」

「今だからだよ」

「意味わかんねえっつってんだよ!」

「なんで怒鳴るの。それこそ意味がわからない」

「テメェ!」

「バスの中で暴れるなよ」

「おいソラ、ジンを煽るな」



ジンがオレの胸ぐらを掴もうとしたが僅かな空間のなかでもそれを避けることができる。空を切ったジンの手を強く握って睨み付けた。
夜行バスのなかはたった四人と運転手だけで、誰も話さなくなれば静かなエンジンの音しか聞こえない。オレから殺気を少しだけ感じたルイトは肩を掴んだ。息を吐いてジンを睨むのをやめる。

無能者の運転手はホッとしたようで安堵の意味がこもったため息を吐いた。しかし安堵の息を吐いたのはレイカも同じ。肩の力を抜いている。



「ッチ」

「……まあ、バスの中で暴れるわけにはいかないか」



放り投げるようにジンの腕を放して窓の外に顔の向きを変えた。
移動中はオレとジンがギクシャクしていて、ルイトとレイカは困惑していたが、バスから降りてしまえばそんなのも終わりだ。朝の冷たくも涼しい空気を胸いっぱいに吸い込む。バスが去ってオレたち以外誰もいなくなった温泉地の近くの公園。そこでジンがオレの顔をさっそく殴り飛ばしてくれた。何歩も足が引いて、オレは切れた唇からの血を袖で拭く。

ルイトもレイカも驚いていたがそんなことお構いなしだ。
荷物を二人に預けて、オレとジンは殴り合った。