カップの話




「そういえばテア、髪を切ったよね。似合ってるよ」

「ツバサ。私はツバサとレヴィの関係について聞いてるのよ」



テアに怒られてツバサは困った表情をする。レヴィの顔をみてため息を吐けば、当のレヴィは眉間にシワを寄せた。



「俺とあいつは確かに幼馴染みだよ」

「ツバサの? 幼馴染み? それはレヴィがツバサ級に長生きをしてるってことよね?」

「俺級って……。まあ、大体は? レヴィのほうが六つくらい年上だけどさ」

「六つも!?」

「テア、しー」



多重能力者だし、あいつは収集家だから長生きしててもいいじゃん。とツバサが偉そうに言うのをレヴィは額に手をあてながら聞いていた。たくさんの人に心配をかけておいて当の本人は普段と変わらない。



「ツバサ、俺からも質問だ」

「えー」

「文句を言うな!」

「ここ店内だって。あんまり大きな声を出すと追い出されるよ」

「うぐ……」

「話は聞くから」

「これからどうするつもりだよ、お前。世界中でも散歩するのか?」

「大人しくシナリオ通りにする予定だよ」

「……」

「シナリオのことはいいよ。いますぐどうにでもなるわけがない。それよりもこの先のシナリオが問題なんだよね」

「なんだ?」

「レヴィはどうでもいいかも知れないけど、このあと俺は組織を壊滅しなくちゃいけないんだよ」



テアが勢いに任せて立ち上がった。ガタンと音をたててイスが床に転がる。目を丸くして、顔を真っ青にして。レヴィもポカンと口が開いたまま閉ざす気配がない。
空にしたカップを手で弄びながらツバサは続ける。



「回避はできない。シナリオに背けばそれ以上の犠牲がでる。たくさんの命がかかっているシナリオだからへたに動けない」

「どうにかできないの?」

「できない」

「……それって、リャクやナナリーやシドレたちが死ぬかもしれないってことでしょう? ツバサがみんなを殺すかもしれないってことでしょう? ねえ、ツバサ」

「例えばさ、このカップに液体が入っていたとしよう。液体が入っていたカップがテーブルを汚しながら転がるのがシナリオで――」



実際はなにも入っていないカップをテーブルに転がしたツバサはそれを手に取り、指先だけでカップを摘まむ。その手を自らの真横に持っていく。カップの真下にはテーブルなどない。床だ。



「液体をぶちまけながらカップも割れてしまう状態がシナリオに背いた結果になる。このシナリオはもともと液体をまるごとカップの外側にぶちまけるのが目的。カップをも捲き込むかそうしないか。どっちが最善かは誰にでも分かるでしょ?」

「でも、そんなの、残酷よ……」

「綺麗なだけじゃあ生きてはいけない」



戻されるカップを見ながらテアの表情は暗くなっていく。おもえば、今の組織を創立したのはツバサといっても過言ではない。少なくとも諜報部はそうだ。それを自分の手で壊して、かつての仲間を不本意に殺すとは。

それでも今のツバサは微笑を貼り付けたままだ。それはツバサの心が本当に強いのか、開き直ったのか、諦めたのか、強がりなのか、それとも気が狂ったのか。