うらぎりもの
 


響を刺したという事実が境の心臓を止めたような気がした。三途の川を渡り、あの世にたどり着いたような感覚だった。

サッと冷えた体に背中を震わせる。槍を通して伝わるゆっくりとした響の鼓動。どくどくと血が指に手に腕に服に境に染み付いていく。
境の震えは響の体内に直に伝わる。ガタガタと震えるそれは何が原動力なのか。歓喜か、恐怖か、罪悪感か。
死に近付いていく嫌な感覚を覚えながら響は最期の力とも呼べる「それ」を使った。境はその瞬間に悟った。



「……響」

「悪い、境。……もう、かくしてることはない」



響は寄生者だった。
響が致命傷を受けて弱りきった境の心につけ込み、響が境に言わなかったすべてを、それを含めた響のすべてを境の頭のなかに叩き込んだ。寄生者の力を使って。響が元帥に対して徹底的な敵意を示していたのは寄生者にされたことが他人事ではなかったからだった。響のすべてを知った境は涙を流して優しく優しく、姉として一人の人間として響を抱き締めた。カランカランと槍が落ちる。血が流れ、床に染み込む。
響のまぶたが閉じそうなときに境が話しかけて強制的にそれを阻止する。



「響、こんなところで死ぬな」



あたたかい響の血が境の服を貫通させて素肌に塗られる。響の体温を奪うそれを止血しようと体を離した。境が服を破いて包帯の代わりにしようとしたその手を響がつかんで、今度は響から最愛の境を抱き締めた。その弱々しく冷たい力が境を苦しめる。



「境は武器の手入れをよくするからな。思ったより、深いぞ……」

「……」

「止血したところで、俺が死ぬまでの時間が長くなるだけだ。死ぬなら境が一番近い今がいい」

「死ぬなよ!」

「悪い」

「ち、がう……!! 悪いのは私だ、響をなんにも理解できなかった! 私が響を殺した! 私が悪いんだ!!」

「原因は俺にある。境は悪くない」

「私を置いていかないでぇ……っ! お願いだから!!」

「境の中で俺は生きる。死なない」

「何を言ってるんだよ、こんな冷たい身体で!!」

「境とはちがう響なんだと、それを証明したかったのに、境と一緒にいるのがこんなにもあんしんする……」

「ひびき!」

「悲しいのはいまだけだから、境。だから……泣かないで」

「泣いてんのはお前だろ……」



ぎゅう、ぎゅうとこれ以上ないくらいに抱き締めあって、ボロボロに涙を流した。互いの肩に互いの涙が染み込んでしまう。

境と響は限り無く対極で、永久に瓜二つの存在だった。響の記憶やおもいが境の中に流れる。そのすべてに境は共感した。対極だと思っていたのにまるで同じ人間のようだった。
対寄生者部隊という、ある意味寄生者の専門家が寄生者になったおかげか、周りは響がいつの間にか寄生者になっていたことに気が付かなかった。隠すことが上手かった。そして響はその力で「伝える」ことに長けていた。境の腕の中で響の命は尽きたが、同時に境の中にで命は宿ったような感覚が残った。