切ナイ連鎖
 

境は廊下の先に響の姿を確認すると拳を振り上げたが、その横を漆が全力疾走で通り過ぎていった。そして漆の固い拳は純を殴り飛ばした。境は響の胸倉をつかんだまま硬直。響も硬直していた。息を切らして肩を激しく上下する漆としりもちをついた純がそこにいた。純の頬はどんどん赤く染腫れ上がっていくのだが、それよりも現在の状況がうまく受けとめられないようなポカンとした表情をしている。



「僕は純を許さない」



ドスのきいた鋭い声だ。純ははっと我に返り、ゆっくり頬に手を添えた。八の字の眉が深くなる。
境は振り上げたままだった拳を思い出して響を殴った。響は数歩下がるだけでなんとか耐えたが殴られた衝撃で唇を切っていた。



「……漆」

「僕が信頼できない!? 僕がそんなに頼りない!? なんで裏切ったんだ、純!!」

「ご、ごめんなさい……」



吠えるように漆は順に叫び散らした。純は漆に怯えている。そんな二人の様子をみるのは初めてだった。境と響が見るいつもの二人はとても仲が良いところばかりだ。驚愕の表情を素直に表す双子を傍らに漆はいまだに鞘を抜いていない刀を強く床にたたく。



「僕は純たちのやり方には反対だ」

「し、漆! このまま戦争をしてもいいって思うの? そんなのあんまりだよ」

「僕はまだこの目で真実を見ていない。だから完全にみわの話は信じられないよ。簡単に人を信じない質なのは純も知ってるでしょ。でもね、僕は自分の目で見ていなくても純の見たものだけは信じてるよ」

「……漆、しつ……」

「だから寄生者のことは信じてる。純が元帥ってじいさんに怒るのもわかるよ。純は優しい。僕だって純の手助けはしてもいいと思ってるけど……、このやり方は納得できない。これじゃあテロリストみたいだ」

「……」

「それに、僕に何も言わなかったのが一番腹が立つ。学生時代に言ったよね。嘘はつかないでって。僕のこと騙してたの? 裏切り者め」

「漆、漆! 私、そんなつもりじゃないの! そんなつもりでこんなこと……」

「これだけ人を殺しておいて『こんなこと』って何様だよ。僕たちLEを裏切ったということは騙していたのも同然。四人も寄生者の方に寝返った今じゃあんまり説得力がないかな」

「漆」



漆はゆっくり純へ近寄る。純は目に涙をためながら必死で泣かぬよう努力をする。その口からはただ漆の名前ばかりが紡がれていた。漆が刀身を現したとき、響は駆けだそうとしたが、境の手を鋭い眼光に阻まれてしまった。
漆が刀を振るう。
パサリと純がつけていた血染めの腕章が床に落ちた。漆はまた刀身を鞘に戻しながら「いらないよね、それ」と冷たい言葉を言った。
漆の行動ひとつひとつが純の心を切り裂いていくようだった。漆を見ることができなくなるほど純は弱り切ってしまう。もう言葉を話したくなくなるほど。息ができなくなるほど苦しく、生きている心地がしない。もう死んでいるのかもしれない。ここは地獄なのではないかと純が錯覚してしまうほどだった。